音楽の音がひどくうるさいというからわけあったイヤフォンのなかで鳴っている音は俺にとってはほとんど聞こえていないそれで、逆におまえのなかに響いている音がいつもどれだけわんわんとやかましいかということを考えるからなんとなく寂しくなってしまって、どうしてイヤフォンをわけあったりしているのだろうと思うのだけれど、なに聴いてるのと言ってイヤフォンのかたほうを奪っていったのは菊地原のほうだった。だいたいつねにおまえが先に初めてそうして「なにこれ音大きいよ、わかってるくせに」と口を尖らせるので、俺は慌てて音量を下げている。俺が聞いている音楽なのに俺の鈍感な耳ではろくに聞こえないでいるのはなにがなんなんだかわからない、いつもだいたい、なにがなんなんだかわからないまま隣にいる。
「これいい音だね」
「よかった」
「なにそれ。ノイズの少ないイヤフォンだな、これはキライじゃない」
 素直に過ぎた俺の言葉はしかし必要以上のノイズを呼ぶことはなく、つまり菊地原は機嫌をそこねず、俺のイヤフォンをぴったりと耳に押し込んだまま、俺にとっては微細にすぎる音楽に耳をかたむけている。
 菊地原の手のひらが持ち上がった。空白の左耳のノイズを塞ぐように、覆った。
 俺は俺の耳に残されていたイヤフォンをはずして差し出した。
 菊地原は顔をしかめた。
「なに」
「俺はいいからひとりで聴けよ」
「……歌川って馬鹿じゃないくせになんでそう馬鹿なの?」
 顔をしかめた菊地原が、俺の指からイヤフォンを奪い、俺の耳にもとどおり戻す。「ぼくは本当はイヤフォンなんて嫌いなんだよましてや他人のイヤフォンなんてさ。気持ち悪いに決まってるじゃないか。耳垢だってつくし。音量だってだいたいぼくに都合のいいレベルに下げられないに決まってるしね」
 べらべらと、緩慢な口調ではあるがあきらかに腹を立てているという口調で、しかしいつも菊地原はつねにすこしずつ腹を立てているようなところがあるから俺にはいつもよくわからない、いつもよくわからないのだけれど菊地原が傷ついたような顔をしているのでそうすると俺はだいじょうぶだからと言ってやりたくなる。べつになにもだいじょうぶではないので、なんの根拠もないので、菊地原はよりいっそう傷つくだろうとわかっているのに。
「ぼくはイヤフォンなんか嫌いだよ」
「じゃあなんで」
「そりゃ歌川が特別だから」
 菊地原は当然のことのようにそう言い、もとどおり俺の耳にイヤフォンを、ほとんどなんの音もしないさりさりとした遠い残響ばかりを俺の耳に伝えてくるイヤフォンを、押し込んだ。ぴったりと。俺たちのあいだに接続された線がつくられて元通り。俺はふと閉じ込められたような気分になる。そしてそれは意外と安らかな気持ちだった。さりさりと響くかすかな音。菊地原にとってだけ正常なレベルであるところの。
 菊地原は不機嫌そうに小さく笑った。
「歌川は特別だから。そんなことも知らないの?」
 心底馬鹿だね。


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