放棄地域に、小学校が一校含まれている。そこは秀次が通った小学校であり、そして秀次が姉と通った小学校だった。
 放棄地域を歩き回るのが、習慣のようになっていた。そもそも秀次は動き回ることを好んだ。暇な時間は常に歩き回るかジムに出かけていた。ジムでは映画を(タブレットを使って)観ていることが多かったが、歩き回っているときはなにも見ていなかった。あるいは、すべてを見ていた。
 どちらにしろ陽介はつねに隣にいた。つねに隣にいることが、習慣になっていた。習慣に、するようにしていた。三輪秀次のとなりには米屋陽介がいる、いつでもそうだ、いつでもそうであることに、意味があった。いつでもそうなのだと言われることに、意味があったのだ。
 放棄地域を歩き回るのが、習慣のようになっていた。
 開かれたままの門を抜けて、小学校に入った。避難するために開け放たれたままの、放棄された、解放された、迎え入れるような小学校に入った。夕刻だった。窓だらけの小学校のなかはどこもかしこも夕刻の色に包まれていた。放棄地域を歩き回るのが習慣のようになっていた。なにを見つめ続けているのか陽介は知らなかった。
「ここだ」
 ぽつんと秀次が言った。六年生の、机の前で。
 誰の、と陽介は聞かなかった。あまりにも救いがなかったからだ。それは秀次の机ではないと思った。秀次の机ではないはずだと陽介は思った。そしてかなしかった。かなしいということを表情に出さないように陽介は、ふうん、と言った。
「座れ」
 とん、と秀次は机を叩いた。
 小さな傷がいくつかと、落書きの残った机だった。小学生のための、小さな、机だった。そこに陽介が座った。なにがおこるかはもうわかっていた。陽介は秀次といるとき、なにがおこるか、たいていのことはわかってしまうのだった。たいていのことは全部わかっていて、だから陽介はいつも、秀次を許している。
 たぶん逆でもあるのだろう。
 陽介は、夕日のさしこむ教室で秀次が陽介のものを取り出し、かがみこんで咥えるのを見ていた。秀次の、そういったことを知らないふうに見えるくちびるが、うまく動くところを見ていた。そういったことをなにひとつ知らないふうに見える秀次がしかし、陽介のそれをとてもうまくあつかうということを、知っているのは陽介だけなのだった。世界は完全に閉じていて、だから陽介はとてもやさしい手つきで秀次の頭を撫でてやった。
 一回いった。秀次の喉がごくりと鳴った。喰われているのだと陽介は思った。いままさに俺は食い尽くされようとしているのだと陽介は思った。だから少しでも取り返すために、うわむけた唇を急激に貪った。自分のものの味のする唇を奪った。喉をさらしてそうされながら秀次は、もう一度陽介のものを握っていた。
「……逆、俺じゃなくて」
「いいから」
「秀次机乗って」
「ようすけ」
「言うこと聞くんだよ」
 いいこだから。そう耳元で囁くと、秀次は背中をびくりとふるわせ、そうしてからその小さな机の上に、陽介に背を向けて、乗った。がたりと揺れる不安定な場所に、不安定なかたちで乗った秀次の腰を晒させた。そのためのものは持っていた。放棄地域を歩き回るのが週刊のようになっていた。いつも持っていた。どろどろしたもので濡れた秀次のそこを陽介は舐めた。どろどろしたものの味しかしないそこを。
 机ごと抱いているのだと思った。
 机がひっくり返らないように、慎重に抱いた。机にしがみついた秀次が、誰かの名前を呼んだ。陽介の名前ではなかった。そのことは構わなかった。秀次を抱いているのは陽介だったから。ただ机がひっくり返ったら全てがおしまいになるような気がした。セックスがということではなく別の意味で全てがおしまいになるような気がした。だからゆっくりとゆっくりととても甘いやりかたでやさしく秀次を抱いた。
 ひ、ひっ、ひ、と、声を立てて秀次はいつのまにか泣いていた。しゃくりあげて、机にしっかりとしがみついて、まるで強姦しているようだと陽介は思った。背中をやさしく撫でてから、肩に歯を立てた。しっかりと歯を立てた。痛いから泣いている、そうだろう、そう言ったか言わなかったのか、どちらにしろ秀次は、理解していたと思う。すべてを理解していたと思う。
 放棄地域を歩き回るのが習慣のようになっていた。放棄地域には誰もいない。そこは三輪秀次の町だ。三輪秀次はそこでなにかを見ている。あるいは何も見ていない。あるいはここにはもうないなにかを見ている。そこは夕刻の小学校で、帰り道をうしなった子供の声が残響している。
「……陽介」
 机から崩れるように落ちた秀次が、ぺたりと腰をおとして陽介を見上げている。陽介は返事をせずに、秀次の頭をそっと撫でた。出会った頃より髪が荒れたと思い、そのことを口にした。
「疲れてるみたいに見える」
「疲れている」
「死のうか」
 あまりにも自然に出た言葉だった。秀次はうつろな目で陽介を見た。こんなことは間違っているのだと陽介は思った。人間のいる場所に行きたいと陽介は思った。放棄地域を歩き回るのが、習慣のようになっている彼らの生活は、間違っているのだと思った。荒れた髪の三輪秀次が姉の目の前で男に犯されることも間違って、いる、の、だった。
「死なない」
 なにも見えていないようなうつろな目でしかしそれでも秀次は、そう言った。


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