織田信長を討つと決めたときの明智光秀の感情はどんなものだったのだろう。もちろんそんなものはいくらでも、後世の作家が書いていて、そもそも当真は透の、上司ですら、ないのだけれど。
 あかるい日差しのなかで、透は、連想ゲームのように、自分の隊長に、三輪に、米屋には気をつけろよ、と言ったことを思い出している。米屋には気をつけろよ、そう透は言った。あいつは殺しを楽しんでいるから気をつけろ。おまえや俺とは違う。憎悪も正義も、職務に対する理念も理想もない。だから気をつけろ。そういうやつには気をつけろ。引きずり込まれないように。
 引きずり込まれないように。
 真昼間の、遊園地だった。そこにどうして自分がいるのか、ふと透は現実感をなくしたまま、立っている。手に、はっきりとケミカルな色合いの、オレンジ色のソフトクリームを持たされていた。香料の香りがきつく、透はなおさら現実感をなくしていた。
 遊園地に行こうと言いだしたのは、しかし、透の方だったのだ。
 どういう言い方をしても馬鹿みたいに思えたので、「当真さん、俺と遊園地に行かないか」と、単刀直入に簡単に言った。は、という形に口を開いた当真は、こらえきれないように笑い始め、それはしだいに爆笑になって、隣の部屋からどんと蹴りを入れられた。うるせーよ黙れ交尾終わったなら寝てろホモ、と怒鳴りつけられて、透はほとんど反射的に「ホモは差別語だ」と言い返した。当真はますます笑っている。
「当真さん、来月、冬島隊と三輪隊は非番が重なるから」
「あーあーわかったわかったもういいわかった腹がいてーよなに言い出すんだよ、わかった、デートな」
「違う」
「なにが?」
 当真といるとどうにも透は反射で喋ってしまうのだった。当真は笑ってばかりいる。退屈しているか上機嫌かどちらかでしかない当真。動物のような当真勇。
 引きずり込まれないように。
 判らないな、と透は思った。透は人工甘味料と香料で作られたオレンジ味のソフトクリームを手に、当真と並んで、人工的に作られた外国の町並みを前に、ぼんやりと立っているのだった。判らない。どうしてここにいるのか。どうして当真とここにいるのか。どうして当真に執着し続けているのか。そしてどうして当真は透とふたりきりでいるときいつも、上機嫌で笑ってばかりいるのか。
 ふと傾いた影があった。雲や太陽ではなく、けれど透にとってそれはきわめて近かった。透はかがみこんできた体を硬直して受け止めた。手の力が抜けた。ぼたりと足に冷たいものが落ちた。けれどそれを見ることができなかった。透はただ必死で空を見上げていた。当真の向こう側にある空を。
 判らない。
 殺さなくてはならない。透はふとそう思っていて、それがどうしてだかわからない。人工的に作られたハッピーなドリーム。人工的に作られた甘いだけの儚いもの。そこにいる当真勇。俺が恋をしているということ。恋? まさか、そう否定しながらもたしかにそれはそういう名前のものだった。そういう名前のものでしかなかった。心臓を痛めつけられて再生することができないそれは、そういう名前の、ものでしか、なかった。
 俺はあんたを殺さなくてはならない。明智光秀はどんな気持ちだっただろう、判っていたのだろうか。それともいまの透みたいに、託宣のように、くちづけを経たあとの空をじっと見つめているように、持ち上げた足でぐしゃりとソフトクリームのコーンを踏みつけているように、暴力的なほどの切なさの中で、今すぐこの男を殺さなくてはならないと確信しながらその理由がわからなくて泣きたくなったりしていただろうか。
「すぐ泣くな」
 それは俺じゃない。透はそう言い返そうとした。透は目の前にいる男の胸に額をおしあて、ひ、と、引きつった嗚咽を漏らした。恋をしていた。そうとしか言いようのない情動があった。あんたを殺さなくちゃいけないと思うんだ。あんたが生きていることが可愛そうだった。あんたはただの動物に過ぎなくて、戦う理由も知らなくせに、楽しそうに笑ってなんの矛盾もなく、ただ愉快だからという理由でまっすぐに目の前の敵を殺すから、それは可哀想なことだから、俺はあんたを、殺さなくてはならないのに。


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