コピーを受け取った風間蒼也が思い出したように、「今月のコラム、良かったぞ」と言った。
 何事にも手を抜かない風間は、講義のノートを複数人から集めている。交換として風間の丁寧なノートが得られるので交換条件に応じて、洸太郎も風間にノートを提供してもう数年になっていた。洸太郎のノートはお世辞にも褒められたものではなく、丁寧にとった試しなどないのだが、それでも風間には「細かいメモに新しい発見がある」などと言及されていた。風間は他人を褒めることを怠らない男でもあった。
 なんとなくケツの座りが悪くなるんだよなと思いながら洸太郎は、フーンと言ってあいかわらずきれいにまとまった(かっちりした字で黒々と書かれた)風間のノートをぼんやりと眺めていた。そのときだった。コラムについて言及されたのは。
 洸太郎は渋面になった。
 なっている自分を自覚してはいたし、それに対して風間があからさまにけげんそうな顔をしたのにも気が付いていたが、洸太郎はただノートをひらひらと振り、「ありがとな」とだけ言って、大教室を出た。

 だってそんなのかっこわるいじゃないですか、と堤が言ったのが、いつだったか、とにかく原稿の話だった。
 青少年のための読書クラブ、と言いだしたのが誰だったのか忘れたが、隊内の人間ではなかった。そのタイトルの小説を含むあたりの小説(いわゆる女性向けの、女性作家の)を読む趣味の人間は隊内にいなかった。だから外部の人間が言いだしたのに違いない。その言葉に含まれる意味を洸太郎はよく知らないし、知る予定もない。
 青少年のための読書クラブ、コラムでも書いてくださいよ、というふうに、根付からじきじきに言われて、はあと言って、それはけっこう嬉しかったのも確かだった。そんなふうにして諏訪隊は月刊ボーダー(ぺら四枚、市役所やコンビニなんかに置かれる無料配布物だ)に読書案内を載せるようになった。
 ここまで話しておいてなんだが、本当にたいした話ではないのだった。ただ、今号の記事は洸太郎が書いた。そしてその原稿で扱った本を、堤大地は嫌いだった。それだけのことだった。もちろん堤は嫌いだとは言わなかった。そういう言い方をする男ではない。ないのでますます腹が立った。嫌いなら嫌いでいいのだ、嫌いといえばいい、まったくもって――
 だってそんなの、かっこわるいじゃないですか、と堤は言った。
 いやいやおまえなにを言っているんだと洸太郎は言い、かっこいいだろと言い、それから、「おまえ自分がかっこよさに言及できるほどかっこいいつもりでいんの?」と言った。堤は黙った。黙ったのでしゃくにさわった。堤はよくそういう黙り方をした。だまって、それからちょっと笑ってみせる。そこで洸太郎もいつもなんとなく許してしまう。いつもならその通りだった。
 本をけなされたことに腹を立てていたわけではなかった。
 そのことに気づいたのは、マシンガントークを繰り広げたあとだった。洸太郎は唐突に黙り込んだ。つまり、……つまり、と洸太郎は思った。つまり洸太郎は、延々といま、堤がいかにかっこよくないかを喋っていたのだった。かっこよさを云々できる立場などではまったくないのだと強く言い聞かせていたのだった。なぜなら。
 諏訪洸太郎を、好きになった、時点で、そんなことは、ありえないからだった。
 俺を好きになった時点でそもそもおまえはかっこよくなどない、と、洸太郎は、言い張っていたのだった。
 唐突に黙り込んだ洸太郎に向かって、堤は小さく笑った。いつもどおりに小さく笑った。洸太郎は殴られたような気分になった。
「でも、諏訪さんは、いつも、かっこいいですよ」

 学食の隅に堤はいて、洸太郎ががたんと音を立てて前に座ると、ようやく目を上げた。黒い表紙に銃のイラスト。机の上に月刊ボーダー。言葉でコミュニケーションを取れ、と、洸太郎は内心歯ぎしりをする。懐柔策を取りやがって、知ったことか、と思った瞬間、堤は言った。
「やっぱりかっこわるいですよ、友情のために戦うなんて」
「……うるせえ。まだやんのか」
「諏訪さんもわかんない人だな」
 堤大地はいつも小さく笑ってばかりいるので、洸太郎は腹を立てたり許したり忙しい。そうしていつも許すほうに傾いてしまう。負けを認めるのは癪だった。
「顧みられない友情のために戦うのは、かっこわるいですよ」


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