まあなんかいろいろあって借りが貯まるみたいにして、堤と寝た。
 わりとこうありがちな方法論で酒を多めに突っ込んで俺のことが好きなんだろうと言わせた。そうですと堤は白状した。それなりに時間がかかった。白状させたじゃあ寝ようみたいな話になってていうか俺もたいがい酔ってた。だいたい知っていた。小説に出てくるガンマンの真似をしてトリガーの銃口を吹くときなんかになんていうの、おまえ目が笑ってない、バカじゃないだろうかと思う、バカじゃないだろうか。もくもくと俺を見てああなんかどうにかしてえなあみたいな目をしているのをずっと知っていたけどじゃあどうしてやればいいという話で、堤は俺がそうやってありがちなやり方で話を引きずり出すまで黙ってたし、俺がほっといたらたぶん永遠に黙ってた、じゃあどうしてやればよかったんだって話で、なんかたぶん、俺は間違ってない。
 間違ってないんだけどなんで罪悪感があるんだ?
 借りが溜まった。そんな感じだった。堤が俺を見ていた。それが溜まった。返してない本が溜まって返すのが面倒になっていくみたいに、そのうち返すのが面倒になって不安定な感覚が生まれるのは目に見えていた。目に見えていた。目に見えていた。
 はあ、と息をつくと、そのとたんびくっと堤は身を起こした。
 正座をした。
 枕の横に正座をして、両手をついて、「すいませんでした」と言った。
 ハア何? と俺は思った。
「いやおかしいだろ。俺からさそっただろ」
「いやおかしいですよね、なんで諏訪さんから誘うんですかそもそも」
「俺がおかしいって言いたいの?」
「いやあの」
「ふつうに座れ」
 俺は煙草を探した。煙草は投げ捨てたジャケットのなかから見つかった。投げ捨てたジャケットは部屋の遥か遠くにあった。しょうがないので俺は全裸のまま部屋の隅まで歩いて行ってほとんど玄関に近い場所に投げ捨ててあるジャケットの前にしゃがみこんで煙草とライターを拾った。そして振り返るまでもなく、その一挙一動を堤がよく見ているのをぜんぶ俺は知っていた。ていうか知っていたからこんなことになった。借りが貯まったみたいなもんだった。不可抗力だった。
 俺が強姦したみたいな気分になってんのはなんでだ!
 立ち上がって、煙草に火をつけた。堤の目はもう完全にあからさまになっていた。いままででいちばんあからさまになっていた。つまり、「煙草になりたい」という顔をしていた。しょうもねえなあと俺は思った。さっき俺たちのあいだに起こったことを俺はぜんぶ覚えていた。ぜんぶぜんぶ覚えていたしそれは俺が煙草に対していまおこなっていることよりずっとヤバいことだった。おまえだって酔ってたにしても忘れたわけじゃないだろうに俺の口に咥えられてるからって煙草なんかに嫉妬しているのは完全なバカだった。完全なバカが俺の目の前にいて、ふと俺は、脳を直接えぐられたような感覚を覚えて、腹を立てた。
 俺をこんな気分にさせた堤は罪深い。
「堤」
 玄関先に立ったまま俺は呼んだ。部屋にばらばらと服が散乱していた。俺たちがどれだけなにをもとめてどうさすらったか全ての記録として服がそこにあってだから逃げも隠れもできない。逃げるのは俺じゃない。俺には逃げる理由はない。おまえだ。おまえだよ。どうすんの?
「おまえこれからどうする」
「……はあ」
「いいか誘ったのは俺だ」
「あの」
「だから決定権は俺にある。でもおまえに決めさせてやる。どうする?」
 逃げるな。
 堤は小さく笑った。ああもうだからそういうのが重い。そしてたぶんここが地獄のポイントだけど俺は堤のことがたぶん、俺が知っている人間のうちでいちばん、好きだった。
 ずっと好きでした、と堤がいうのを、俺は他人事のように聞いていた。人生の外側で起こっていることのように聞いていた。
 ずっと好きでした、ずっといっぱつやりたいと思ってました、ずっと諏訪さんのことそういうふうに見てました、すいませんでした、ずっと、あんたのとなりで、そういうふうにして、黙ったまま、あんたのとなりで。そういう意味のことを堤はだらだらと喋った。俺はなんとなくもうどうでもよくなって、いいよもう、と言った。そんなことはどうでもよかった。俺はこの男のことが好きだった。それが地獄だった。俺はこの男のことが好きだった。そして借りが溜まっていたので、俺にはほかに選ぶ方法が見つからなかった。酒を飲んだ。酒を飲ませた。俺はおまえのことが好きだよと言った。堤は目を丸くしていた。それからやさしくした。ほかに選ぶ方法が見つからなかった。なあ堤俺はおまえを、うしないたくはなかった。
 それだけの話。

 向こう側の人間のすることだと思っていた、思おうとしていた、思えなかった。
 迅悠一が知らない男と歩いているところを数度見た。数度見たので意味がわかった。迅は俺を見て小さく手を振った。意味ありげに。でもどう考えても迅は向こう側の人間だった。そして何かしらの目的を抱いて向こう側にいる人間だった。俺とは違っていた。
 でも堤はそうではなかった。
 こちら側の人間だった。
 部屋がひどく暑いことに、俺はその時ようやく気づいた。そこは堤の部屋で、基地近くの放棄地域、放擲されたアパートを買い取って寮にしていたそこが割り当てられていて堤はそこに住んでいた。ふるくて狭い部屋だった。クーラーがあるのかないのか、俺は知らなかった。思い出せなかった。そこに来たことがないわけではなかったはずなのに、何度かやってきて話をして笑い合ったりしたことだってあったはずなのに、記憶に障害があるみたいに、思い出せなかった。ただこの密閉された空気が俺は好きだった。いや違う、好きなんかじゃなかった、ただほかのものはあるべきではないと思った。相応しかった。そしてこれが壊れるのが、そうだな、俺は、怖かったと思う。
「すいません」
 堤がまた言った。
 茶が湧いていた。湯がしゅんしゅんと音を立てていた。それが部屋の暑さをますます加速させていくように思えた。部屋の中央から発火してすべてが終わるような暑さだった。その発火点が俺なのか堤なのか判断がつけ難かった。向こう側の人間のすることだと思っていた。こんなことが起こるつもりではなかった。
 ただ借りを返したかっただけだった。
「こんどはなんだよ」
「誕生日なのに、こんなことになって」
 俺は笑った。「誕生日だから、いいんじゃねえのか」
 堤は沈黙した。
 攻撃を受けるみたいに沈黙して、それからほとんどなげやりとも言える声で、「ずるいですよ諏訪さん」と言った。意味がちょっとわからねえなと俺は思った。
「あんたぜんぶ俺にはなんの責任もないみたいな顔してずるいですよ、プレゼント呼ばわりするなんてあんまりじゃないのか」
「そうだろ」
 俺は噛んで含めるように言ってやった。傷つけるためにそうした。そうだろう? おまえは傷つくべきだった。おまえはもっと傷つくべきだった。率直に言って俺は腹を立てていた。堤大地は傷つくべきだった。俺を好きにならせておいて謝ってばかりいる堤大地はおろかな罪人でだから俺には断罪する権利があったから、俺はおぞましいほど優しい口調で、言った。
「誕生日ありがとう、大地」


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