声を出さない。
 声を殺すために手のひらで口を覆って、ぎゅっと目を閉じている嵐山がおそろしいほど劣情に近い存在であることを、嵐山自身は知らないのだろうとおもう。喉がびくりと動く、その喉をするりと撫でてやるとこんどは、体がびくりと震えた。目が開く。うっすらと笑った目が、悪い男だ、と伝えていた。雄弁な目だ。
 どうして声を出さないのか、と、終わったあとに聞いたことがある。嵐山は言いづらそうに口ごもったあとで、「自分の声があまり、好きではないんだ」と言い返した。テレビ映えさえする実に良い声なのにと笑い混じりで悠一が言うと、「その、……間のだよ」と、更に言いづらそうに言った。
 ということは、声を出させるのが義務というものなのだろう。そう思ってはいるのだけれど、なにしろ必死で声を殺している嵐山は可愛かった。絵に描いたような良い男であるところの嵐山が最後の崖っぷちに至ってもまだそういった矜持を失わないということにも、悠一は心底感心していた。嵐山准の生き様は全く、感動と感心に値する、バカバカしいほどに。
 もう一時間ほどもかけて、からだをひらいている。指をゆるゆると抜き差ししていると、可哀想なほどに嵐山の体は忠実に反応した。ほとんど泣き声にちかい、小さな呻きが漏れた。目の前にひらかれた背中とうなじに、星座を作るようにキスを落としてゆく。
 悠一はいつも嵐山を、ひどく丁寧に抱いた。
 簡単に壊れてしまうもののように。
 そのような悠一のしぐさを知っているわけでもあるまいに、たとえば風間を心底怒らせた時に、おまえのそれはマザーコンプレックスだ、と言われたことがあった。あんたのそれ、仕事の鬼のふりをした鋼鉄の仮面だってようするにブラコンだろうと言い返すこともできたのだが、悠一は言い返さなかった。ただにこにこと笑っているだけで、風間は絶望的に後悔した顔をして、けれど謝らなかった。風間はただしい。これはマザーコンプレックスだということを迅は知っていて、つまり嵐山をこんなふうに抱いていることは、たいそうゆがんだことなのだった。
 おかあさんをおよめさんにしてあげる、みたいに。
 太刀川はべつの言い方をした。おい幼児。ときどき太刀川は、なんの他意もないという口調で、悠一をそう呼んだ。おい幼児その菓子よこせとか、おい幼児ランク戦戻れ、とか。太刀川も聡明だった。頭の良い人間ばかりが悠一のそばにいて、だれもかれもが悠一に優しいのだ。絶望的なほどに。
 そして嵐山准がそこにいて、暴力として与えられる快楽に、必死で耐えて肩を震わせている。
「……すきだよ」
 耳元でささやいた。は、と嵐山が、ため息をついた。笑いがまざったような、こらえきれないような、ため息の隙を突くように悠一は指をひきあげ一気に、貫いた。
「――――――――!!」
 嵐山がびくびくとからだをふるわせ、気をやった。吐き出してしまったものを追い込むように片手であつかった。嵐山がシーツにかみついている。その口をなぞってなかに指を入れる。首をゆるゆると振っている嵐山の口のなかに指をいれて舌をもてあそぶ。もはや逃げ場はなかった。嵐山准は完全に追い詰められ、悠一の手のひらのなかにあった。そしてそれが嵐山の優しさだった。

「……凄かったな、今日は」
 いつも嵐山は、ベッドサイドに水を置く。おわったあとにごくごくと水を飲み干している嵐山の喉を見つめるのが悠一は好きだ。それはとても健全な形の喉だ。もう一度そこを撫でたいという気持ちを悠一はどうしてもこらえることができないから、水を嵐山の口のなかから舐めとる。甘えた仕草を嵐山はいつも許した。嵐山はいつも悠一の、全てを、許した。
「ごめんな」
「え? いや。……誕生日の話だ。ありがとう」
「え? ああ」
 そうだった、と悠一は思い出す。
 今日は嵐山准の誕生日で、今日いちにち悠一は、嵐山のために暗躍していた。事故に遭うはずの猫を事前に回収したり、教師と喧嘩をするはずの木虎を持ち上げたりした。それを嵐山に知らせる予定はなかったのだけれど。
「……まいったな」
 悠一は苦笑し、ごろんとベッドに転がる。ベッドサイドに腰掛けた嵐山の腰に腕を回し、額をおしつけた。嵐山准にはかなわない。どんなふうに手玉に取ろうとしても、嵐山准にはかなわない。
 手のひらが降りてきた。ふわふわと撫でられて、たとえば風間の、たとえば太刀川の、言葉の絶対的な正しさを悠一は思い知った。俺は甘えた幼児で、嵐山准を、およめさんにしたがっている。
 背中をなぞるように起き上がって首筋にキスをした。
「こら」
 笑いながら嵐山がいい、水のボトルを慌てた手つきで転がした。それから先は犬の甘噛みみたいに、お互いばかりを見ていた。


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