チケットを貰ったから見に来た。それだけだった。
 髪型が違うのでわかりづらい、と思った。深夜の、ごく小さな劇場で、当真勇が全く別人の役をやっている。まるでただの朗らかなバカでしかないようなしぐさで、顔全体で笑っている。なんの屈託も知らないように見えた。
 間違った眼鏡をかけて、あの男を見ていたのかもしれないと思わせられる、完璧な演技だった。スプレーで染めたらしい奇天烈な色の髪をして、けたけたと笑って、出てくる相手をくるくると一人ずつ罵倒して蹴り倒している、当真勇の顔をした、当真勇ではないだれかばかりを、透はじっと見つめ続けていた。間違った眼鏡をかけていたのかもしれないと思った。思いたかっただけかもしれなかった。透がみつけた当真は、いつも退屈そうに皮肉と無駄口ばかりをぺろぺろと喋っている当真は、どこにもいなくて、ほんとうはあんなふうに、無邪気な子供みたいだったのかもしれなかった。ほんとうは。
 本当って何だ。
 世界が混乱する。ボーダーという組織が存在していることを知らなかった頃の透は、いったいなにを夢見ていたのだったか。トリガーを引くことを知らなかった頃の当真は、いったいなにを夢見て生きていたのか。当真はどうして退屈しなくてはならなかったのか。どうして当真は、世界で至上の行為を、見つけてしまったのか。
 あんなふうに笑うことができるというのに。
 暴れまわっていた当真が客席を見る。まったく違う髪型をしてちゃらちゃらした服を着た無邪気なバカみたいに見える当真が客席を見る。そして指を銃の形にかたちづくる。
 透は心臓を鷲掴みにされた心地で、凍りついている。
 当真は、あきらかに、透をまっすぐに見て、無邪気な顔で、透の知っている通りの無邪気な顔で、心からこれを楽しんでいるという顔で、透にむかって、引き金を、引いた。


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