積み上げられた服をみおろし、透は鈍く舌打ちをする。折も悪く、同室の古寺が戻ってきて、「うわっ」と言った。
「どうしたんですか!」
「……見つからない」
「何が?」
 透は答えず、ゆるく首を振り、「茶を入れる」と言いながら、机の下にかがみこんだ。茶器のセットを引きずり出す。はあ、とため息をついた。失策だった、という言葉が脳内を駆け巡っている。くちびるを噛んで、荒々しく、積み上げた服を乗り越えた。
「菓子」
 会いたくない時にこそ、会いたくない相手に会うものだった。当真は透の茶道具をのぞきこみ、「菓子ねーのかよ」と言った。
「……あんたは俺を見張ってでもいるのか」
「はぁ? なんでだよ」
「会いたくもないときに限って顔を見せるのをやめろ、迷惑だ」
「見せてやった覚えもねーけど。なにイライラしてんの?生理?」
 足を踏んだ。ひひっ、と当真は笑い、透の耳に唇を近づけた。ふっと吹き込まれたとたん背筋が凍った。そのまま甘噛みされると力が抜けた。やめろ、と言いたいが口にできない。やかんがしゅんしゅんと音を立てている。それを止めることができないまま、透は凍りついていた。
「……で?」
「……見つから、ない」
 震える声で言い返した。
「なにが」
「チケットだ」
「なんの」
「……デート」
「……あー」
 夏の終わりに出かけた、遊園地。チケットを、ポケットに押し込んだままだったような気がした。それを探そうとしたのに、あの日着ていた服が全く思い出せない。
 当真は納得したように頷き、呆れた声で、「なにこだわってんだよ」と言った。
 頭にさっと血がのぼり、透は反射的に動いて、やかんの火を止めた。ティーカップとポットを温めるために、湯を入れる。そうしてもう一度やかんを火にかけながら、うつむいたまま透は、「あんたの言うとおりだよ」と、怒りを押し殺して言った。怒りがあるのは自分自身に対してであって、当真に対してではなかった。こだわるようなことではなかった。
 きちんと取って置かなかったのは、思い出にしたくなかったからだった。それを何度も反芻するたび、嘘になるような気が、したからだった。あの日起こったことのひとつひとつが、嘘になるような気がしたからだった。思い出にはしたくなかった。どうせなら忘れたかった。
 ポットから湯を捨てる。ティーカップからも捨てようとしたとき、当真がそれを奪って、あたらしいカップ、透と古寺のぶん以外にみっつめのカップに、湯をいれた。黙って透は、そのカップを受け取って、並べてやった。茶葉をいれたポットに湯を注いで三分。
 その間ふたりは黙ったまま、肩を並べていた。
 思い出話をしないようにと、必死に口をつぐんでいた。してしまえばぜんぶ思い出になってしまう。そして同じだけ、思い出話をしないでいてくれるようにと祈っていた。
 隣に立った当真がその三分間なにを考えていたのか知らない。ただ三分間黙ったまま隣に立っていて、透からティーカップを受け取ると、「あとで返す」と言って去っていった。「いい、取りに行く」そう答えた声が届いていたのか、わからない。
 部屋に戻ると、古寺は服に気圧されて居場所がなかったのか、二段ベッドの上段に避難していた。「取り乱して悪かった」と言いながらティーカップと菓子を渡す。もの問いたげに小寺はじっと透を見つめ、けれど、「ありがとうございます」とだけ言って、カップを受け取った。
 そのときだった。
「ほらよ」
 やってきた当真が、ぴらぴらとチケットを振り、振った直後に、「おまえ、」言いながら噴き出した。部屋をさっさと片付け始めて置かなかったのは全くの失策だった。透が渋面になっている正面で、ひ、ひ、ひ、と笑いながら当真は、チケットをつきつけてみせた。
「これだろ?」
「……そうだよ」
 取ってたのか。まるでついさっきもらってきたというような形に完璧なチケットを、しかし当真は透の目の前で、びりっとふたつに引き裂いた。あ、と声が漏れる。
「ほら。やる」
「え?」
「要るんだろーが。なにを散らかしまくってんだ、古寺びっくりしてんじゃん」
「あ、ええと、はい」
「だろ?」
「はい」
「……おい」
 透は声を殺して、当真の手を引く。手につかまされたチケットの半分。当真の指をつかんだ自分の手がじんじんと熱い。扉を出た先で透が声を殺したまま、当真の胸に顔を(不本意にも!)うずめて泣き始めるまで、あと一分。


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