テレビの場面が変わった。新しいドラマの撮影現場のニュースが始まった。しょうこりもなくこの人教師役を続けるんだなあと思いながら悠一は、ぷつんとテレビを消した。
 玉狛支部に久しぶりに戻ったら、みんなで本部に行っています、というメモが残されていた。みんなというのはたぶん栞や陽太郎や林藤あたりのことだろう、エンジニアなどはいるのだろうが、かれらはあまりダイニングルームにこの時間顔を出さない。だから珍しく、悠一は一人でいたくないときに一人だった。一人でいたかったら支部になんてこない、適当などこか遠くに隠れて、「暗躍」を、している。
 昼間のニュース、全国ネットのニュースだというのに、嵐山准はいつもどおりの全く変わらない、魅力的な笑顔を見せていた。誰が見ても安心するような笑顔だ。
 あれを観て、心臓が掴まれるような不安感に捕まるのは、たぶん、悠一だけなのだろう。
 全国ネットのニュースで、嵐山は時枝を従えて、トリオンとは何か、近界民とは何か、それに会ったときの対処法などを、完結にかつ間違いのない口調で解説していた。しかし現在、近界民は三門市のボーダー本部基地に誘導されていますので、市民の皆さんに危険が及ぶことはありません、ありませんが――
 ああいったことをあいつに言わせたくはないなと悠一は思い、ため息をついた。なにしろ誰もいないので、盛大にため息をつくことができた。
 嵐山准に、もっと楽しそうに笑っていて欲しかった。誰より頼りになる、誰より格好良い、誰より信頼できるみんなのおにいちゃんみたいな顔をしていてほしかった。
 あんな顔をさせるべきではなかった。

 嵐山と悠一は、市内循環バスが好きだ。市内循環バスはぐるぐると市内を縦横無尽に周りつづける。それに乗って市中を眺めるのが、ふたりは好きで、嵐山の任務がない日はよくふたりで連れ立って、市内循環バスで市内をぐるぐると周り、適当なところでおりて、食事を取った。
 夕方の海鮮丼屋で、そうだ、あのときもテレビだった。テレビで、ゾンビ映画のCMが流れていた。自分のぶんの海鮮丼から小海老を分けてやりながら、悠一は言った。本当に何の気なしに言ったと言いたかったが、悠一は、なにかを何の気なしにいうことはいっさい許されない、天賦の才を持っていた。だから確信犯だったのだ。わかっていた。わかっていて言った。
「俺がゾンビになったらどうする?
 嵐山は、とても困った顔をして、箸を止めた。それから箸を置いて、ゆっくりと言った。……笑いながら。
「撃ち殺すよ」
 ああ、と悠一は思った。思ったまま、悠一は箸先で、セットメニューのうどんをかきまわしながら言った。
「そうか。俺はおまえを殺さないと思う」
 そのときの、嵐山の表情。
 誰もいない海鮮丼屋で、店員に背を向けていた。
「嘘だって言ってくれよ」
 そう言ったときの嵐山の表情、声、目つき、これを見たのはたぶん悠一ただひとりだということ。そのことに悠一は、そうだ、とほうもないほどに満足していた。全部わかっていた。全部予知した上でそれを本当にした。叩きのめされる嵐山が見たくてそうした。
「俺はおまえを殺さない。俺はそういう人間なんだよ、嵐山」
 嵐山准は笑い続けているべきなのだった。本当にそうだった。テレビの向こう側で笑い続けているべきなのだった。誰よりも信頼できる偶像として笑い続けているべきなのに、ぐしゃりとゆがんだ嵐山の顔がそのとき悠一を、とほうもなく、安らがせた。夜の三門市、閉じ込められた俺たちの人生、おまえといると不安になる、おまえも俺といると、不安になるかい。


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