「ついてきてんの?」
 目を丸くした当真が、「犬かよ」と言葉を言い足した。違う、と反駁をしなかったのは、当真がその一瞬たしかに驚いていたのが、愉快だったからだ。
 終夜営業の古本屋チェーンはさすがに深夜をすぎて人影がまばらだった。そこで当真に会ったのは偶然以外の何でもなかったので不本意だった。けれど、同じ夜を同じように眠れずに過ごしておなじようにおなじ店へ足を運んだということが、なんというか、はっきり言ってしまえば透にはずいぶん、嬉しいことだった。
 指輪物語、というタイトルの本を、当真は立ち読みしていた。海外文学の棚だ。その小説は随分長いのだと透も知っていたから、立ち読みなんかするような本じゃないだろうと思いながら見ていると、「これ実家にある」と、おざなりな声で当真は言った。それなら全然知らない本を読めばいいのに、という気持ちと、この人にも実家なんてものがあるのだ、という気持ちが混ざり合って、透は実に愉快な気持ちだった。
 火星年代記、というタイトルの本、気になっていた本を手にとった。本を開くと、すぐに集中できた。すんなりと入り込める読みやすい文体に夢中になっているときに、ふと顎を持ち上げられて、くちづけをされた。
 それだけだった。海外文学の棚で午前三時にくちづけをして、当真は魔法使いのいる戦場に、透は火星に、すぐに戻った。

 どちらも俺たちの現実にとても似ていたみたいだ、と、あとになって思った。


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