それは夢だ。
 大きな体の人間が秀次の前に立っている。彼がだれだか秀次はもう知っている。夢だから、そのときは知らなかったはずのことを知っている。それは城戸司令だ。そしてそれは秀次にとって神の名にひとしい。城戸司令は正しい。
――姉さんが
 夢の中の秀次が言っている。
――姉さんが動かないんだ
――戦え
 城戸司令が手をのばして言う。手を広げて言う。つめたい目がまっすぐに秀次をみつめる。それは秀次の目ととても似ていると秀次は思う。そうなるしかなかった目だ。にくしみをいだかずにはいられなかった、目だ。
――戦い方を教えてやる
 そうして秀次は立ち上がった。そこに倒れて動かない姉のもとを離れてそうして二度と戻れなかった。そうして二度と戻れなかったから、いま秀次は闇の中で、姉の名を呼んで捜し求めている。姉さん。姉さんどこ。あの日姉さんの傍を離れたから、姉さんがどこにいるのかわからない。姉さんはもう動くことも話すこともできないから、俺がそばにいなかったら、永遠に見失ってしまうのに。
 城戸司令についていったはずなのに、姉さんを探して走り始めてしまったから、城戸司令の姿さえ見失っていた。まっくらだった。ひとりだった。誰の名前を呼んだらいいのかわからなかった。姉さん。呼んでも答えない。城戸司令どこですか。反応がない。城戸司令が月見蓮に引き合わせてくれた。世界がふたたびはじまった。けれどはじまってはいけなかったのだ。姉さんは死んでいるのに。
 もうずっと、死んだままなのに。
 姉さん。秀次は叫んだ。それから。
 それから秀次は。

「なに?」
 笑って、陽介が秀次を覗き込んでいた。手が、秀次の肩をつかんでいた。ボーダー本部付き男子寮の一室、秀次は、下の段だ。身を乗り出した陽介が、秀次の肩をしっかりとつかんで、まっすぐにのぞきこんでいた。
「……なん、だ」
「俺の名前、秀次が呼んだぜ」
「おまえの……」
「そう」
 手のひらが、そこにあった。
 手のひらを、差し出していた。夢の中でも。その手に秀次は縋った。しっかりとつかんで、そうして名前を呼んだ。陽介、と呼んだ。助けて、と言ったかどうか、覚えていない。いずれにしろ陽介はそこにいた。……そして、ここにいた。
 ふと秀次は思い至る。これはあれに似ている。
「……犬の出てくる、漫画」
「え? なに? リリエン?」
「それじゃなくて」
 毛布を掴んだ少年が、手にしたままけっして離さない毛布。
 陽介、呼んだ秀次は陽介の体を、自分のベッドにひきずりこむ。まってまってと言いながら乗り込んできた陽介の体を、秀次はしっかりと抱き寄せる。夢を見る。くりかえし夢を見る。夢なのに都合が良くない。何を願っているかわからないからだと思う、あのとき城戸司令に会いたかったのか会いたくなかったのか、わからない。戦いたかったのか戦いたくなかったのか。
 そうしてなんど見る夢の中でも姉は死んでいた。
 都合の悪い夢。
 けれど。
 腕の中にしっかりと体を抱きしめて、秀次は囁く。姉でも城戸司令でもない。狂わされているのはもっと、別のものだった。夢のさいごにやってくる、かならずやってくる、温かい腕だった。
「……ライナスの、毛布だ」
 三輪秀次は米屋陽介に、依存している。


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