米屋陽介の人生にはこれまでひとつも間違ったことは起こっていないし、なんとなくだけど、迅さんのあれみたいな話じゃないけどそれでもなんとなく、これからも間違ったことは起こらないような気がする、そういう確信がある。自分の人生はそういう種類のものだという、確信がある。
 にもかかわらず陽介は、階段の下でどこか遠くを見ている三輪秀次の後頭部をみつけて、心臓がぎゅっと掴まれるような気分になるのだった。それは「間違えている」に限りなく似た感覚だった。
「秀次ごめん!」
 階段を一段飛ばしで駆け下りた。スイッチが入ったボタンそれ自体みたいに、ぱちんと飛び降りた。
 階段の上で陽介が、陽介の友人に捕まってしゃべっている間、秀次はさっさと行ってしまっていた。なんだあいつ、みたいな顔で見られている秀次について、なにか言おうかとおもったけど言わないでおいた。なんだか言い訳をすると、秀次は俺のものだからと言い張っているガキみたいに思えたのだった。べつに言い張ってもいいけど、……べつに言い張ってもいいけどな。
 ときどき、自分が、よくできた機械のような気がすると陽介は思いながら、階段を駆け下りて秀次のとなりに並ぶ。
「遅い」
 いつもどおりの明瞭な声で、秀次は陽介を叱った。そうされると、ああ、やっぱり俺の人生には間違ったことはひとつもないのだ、と思うのだった。ほらな、ちゃんと秀次は俺を待っているし、ちゃんと一緒に肩を並べて帰るし、陽介が昨日見たテレビ番組の話を興味がなさそうに聞いていても、少なくとも、聞いているのだった。
「秀次」
「なんだ」
「俺秀次に甘えてんのかな」
 頭のうしろで腕を組んで、陽介は、とくに深い意味もなく軽く、ぽろりと口にした。
 秀次は目を丸くし、目を瞬かせ、それから小さく笑った。
「それは俺のほうじゃないのか」
 今度は陽介が目を丸くする番だった。


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