咥内から強引に奪った薄荷が冷え冷えと冷たい。気まぐれな禁煙の代償としてひっきりなしに食べているそれのうち溶けかけたものだけが欲しかった。当真は近いうちに禁煙を辞めるだろう。交わした約束のようにそれは確実で、透は冷えた味に似た微笑みを浮かべた。近く、この味は、消滅する。
 そのことを思うと愉快だった。
 いつ消滅してもいいような関係。そしてその鍵は俺が握っているのであって、あんたじゃない。透はいつでもここにある関係を投げ捨てることができる。にもかかわらず、薄荷糖を食べる権利を自ら放擲するのは、それを能動的に行えるのは、いつも当真のほうであって、透ではなかった。
 透はその日機嫌が良かった。だから、ボーダー食堂で佐鳥賢が不用意に漏らした一言、「奈良坂さんって当真さんとデート、どこいくの」にも、いっそ笑って返事をすることができた(しかし佐鳥はそのあとで時枝充に、奈良坂さん笑ったほうがこえーよ、と漏らしたのだったが)。
 薄荷糖の味がいつまでも残っていた。だからその日透は機嫌がよかった。透は微笑みを浮かべて佐鳥を見、尋ねた。
「どうして、俺が、当真さんと、デートをしなきゃ、いけないんだ?」
 佐鳥は返事につまり、あのその、と言ったあと、あの、すみません、と言葉を継いだ。空気が読める人間は透はけっして嫌いではなかった。透は佐鳥を開放してやることにして、机に出してあった文庫本を読み始めた。佐鳥はそそくさと奈良坂の隣の自分のテーブル(そこで16歳が数人集まって食事を取っていたのだ、嵐山隊員といるときなら佐鳥はそこまで軽率ではなかったに違いない)に戻り、ひきつった笑みを浮かべて、隣のテーブルでは少なくともその瞬間「デート」というキーワードは禁止だった。
 恋から始まった関係ではなかった。それだけは確かだった。
 ただ悪意のない無為でしかない。
 少なくとも透にとってはそのつもりだった。
 透はいつも朝にばかりセックスを強請っているから、夜に訪れるのは逸脱行為だった。そして透はこの件に関しては逸脱を自分に許していた。ずぶずぶに許し続けていた。当真が欲しかった。当真のからだが欲しくてはじめた。そしていま別のことを考えている。佐鳥賢の言葉が問題なのではなかった。
「当真さん、俺と、デートをしないか」
 ただ悪意のない無為でしかない。だからなにをすることもまたしないことも、同じことのはずだ、そのはずだ、そのはずだった。


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