屋上からは、走っていく電車が見えた。それはこうこうとあかるく、どこか新しい世界へと旅立っていくように見えた。ここではないどこかへ、それは遠ざかっていった。
 秀次は米屋陽介とボーダー付き男子寮の屋上にいて、行為のあとのだるさに包まれたままフェンスにもたれかかって夜景を眺めていた。そうして秀次はふと笑った。はは、と声を立てて笑っている秀次を、コンクリートの上に転がっている陽介が見上げ、「どうしたよ、珍しいな」と言った。たしかに珍しかった。米屋秀次が笑っている。
「……呆れると思うが」
「なんだよ」
「姉さんのことを考えていた」
「うん」
 夜景がちらちらと光っている。真っ黒に死んだ放棄地帯は広く、それでもその外側に、生きている人間の光のある世界がまだ、残っていた。
「子供の頃、くだらない理由で親と喧嘩をして、家出をしたことがある。夜遅くなっても帰らないで、こんなふうにどこか高いところで、夜景を見ていた。どうして見つけ出したのか判らない。気がつくと姉さんがそこにいて、心配させないで、と言った」
「うん」
「いつも姉さんは、心配させないで、と言っていた」
「うん」
 のに。
 陽介が鍵を壊すのを、無感動に秀次は眺めていた。無感動を心がけながら、けれどその実秀次は、屋上の鍵を壊すことを、屋上の風のなかで陽介に抱かれることを、そうして笑い合うことを、いまふたりでここにいることを、心から楽しんでいた。無感動でいなくてはならないと思うのに、怒りを感じていなくてはならないと思うのに、この逸脱をはっきりと、秀次は楽しんでいた。
 いつも姉さんは、心配させないで、と言っていた。最後までそう言って、そのまま死んだ。いつも秀次を心配していた。させないでいることが、できなかった。いつでも。
「……多分俺はいまでも姉さんを心配させ続けるんだ」
「別にいいだろ」
 陽介が言った。秀次は陽介を振り返る。陽介は笑っている。なにに動揺することもないような、くろぐろとした瞳がある。底知れない、闇そのもののような瞳だ。
「俺は面白けりゃそれでいいよ。……秀次。そうだろう?」
 いつも姉さんは、心配させないで、と、言っていたのに。


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