「……たばこくさい」
 奈良坂透は猫に似ている、と思う。だから勇はこいつを見るたび、とりあえずにゃーと声をかけるようなことをしてしまうし、猫自身が触ってもいいよとじっと示すのをにやにや笑いながら眺めて待ったりしてしまうのだった。奈良坂はすぐに、触ってもいいよ大丈夫だよ触ってよというサインを示した。そのくせ触ると嫌そうな顔をして、「あんたまだやめてなかったのか」などと言うのだった。
 ぽっかりと明るかった屋上をあとにして扉を閉めると、階段は急に薄暗い。兵器まみれの楽しいボーダー本部屋上に至るしかない階段に、奈良坂はいったいいつから佇んでいたのだろう。
「追いかけてきたんだろ」
 わかりきったことだった。だから優しく勇は尋ねてやった。当然、奈良坂は、屋上へ向かっている背中をみつけて、追いかけてやってきてそこにいたのだ。そして勇が青空のどまんなかで架空の敵を思う存分撃ちながらメンソール煙草を吸っているあいだ、ずっとそのくらがりのなかに立っていたのだ。あまりにも明瞭すぎて推理する必要もないから馬鹿で可笑しくて、その馬鹿馬鹿しいほどの一途が勇はけして嫌いではなかった。
 奈良坂は返事のかわりに、ぐいと勇の首根をつかみ、もう一度唇をあわせてきた。たばこくさいと文句を言った割に、そうしてかなり長く深いキスをした。奈良坂の口はかなりきつくミントの香りがした。ミントタブレットの、人工的に辛い尖った味が、勇の口のなかに充満した。
 そうしてしつこいキスのあと離れた時には、吐息はどちらがどちらだか、たぶんわからなくなっていた、わからなくなっていたと思う。奈良坂はにぶい笑い方をして、勇のポケットから奪った煙草をひらりと振った。
「あんたに今より馬鹿になられると困る」
「おまえは煙草のひとつくらい吸って頭叩き直してきな」
「任務サボるなよ」
 背中を見送ったあとで、勇はポケットをさぐった。もと煙草のあった場所には、ミントタブレットが入っていた。見たことのない、やたらに可愛らしい柄のついたそれを開き、勇は噴き出す。
「……マジで頭叩き直してこいよ」
 タブレットはすべて、ハート型をしていた。


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