どうしてだったんだ?
 声が聞こえる。残響として聞こえる声を勇は耳の中に聞いている。彼らは殺し合うけれど、死ぬことはない。そんな世界において、笑わずにいられてひどく尖った眼差しで世界を恐れていられる奈良坂透は愚かであり、愚かであることはギフトだった。
 適切な高度を保つために、ロフトベッドの上にあがって、割れた窓の向こうの射線を見つめている。放置された家のなかに、朝の光が差している。ふと勇は、ここに奈良坂を立たせたいと思った。全く関係のない文脈で、バッグワームを着た勇とは全く関係なく、そこに奈良坂が、いつもどおり白いシャツの長袖のボタンをきちんととめた姿で、そこに立っていればいいと思った。そうしたら勇は――。
 目に入ればその瞬間撃つという確信があった。敵を見た瞬間勇は絶対に機を逃すことなく撃つだろう。そのことはわかっていたから埒もないことを考えていてもよかった。そうすれば勇はどうするのだろう、生身で、いつもどおり尖った目を当真に向けている奈良坂を見て、ぬるい朝の光をさんさんと背中にあびて、この、いつの日か失われた日に誰かが愛し合ったりいつくしんだりしたものらしいこの家のこの部屋の、この場所で。
 埃をかぶったソファの埃を勇は払う。そこに奈良坂透を置く。人形を置くように。ふたりがけのソファに背筋を伸ばして座った奈良坂は、二人掛けのソファであることをずっと意識したまま、そこに掛けているだろう。勇はきっととなりに座ってやることはないだろう。そこに孤独な人形のように腰をかけている奈良坂が愉快でたまらないから、そこに座らせたままいつまでも、じっと眺めているだけだろう。
 そして奈良坂が立ち上がり、ロフトの上の勇を見上げて言う。
「どうしてだったんだ、当真さん」
 気まぐれに顔を出したランク戦で、十回勝負の最後の一回だけ奈良坂に譲った。それは負けではないと奈良坂も知っていたはずだった。それは奈良坂へのメッセージだった。明瞭なメッセージとしてそれはあり、勇は、奈良坂が、腹を立てるものだと思っていた。それを期待していた。
 奈良坂は端的に澄んだ目で勇を見つめ、言った。
「どうしてだったんだ、当真さん」
 そんなことわかりきっているだろう。勇は笑う。奈良坂透を慈しんでいる自分に、勇は気づいている。とほうもなくおろかでそしていじらしいまでに澄んだ目をして世界を恐れている奈良坂透が射線に入る。勇は迷うことはない。いつも。どんなときでも。



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