イギリス産のクロテッドクリームの瓶からこんもりと掬って盛り上げる。焼きたてのスコーンの熱で少し崩れる。それを出すと、当真は笑って、「女子か」と言った。
「女子力を上げているんだ」
「上げてどうすんの?」
「嫁にもらってもらえるのか?」
 その程度のことは言えるようになった。当真は笑ったまま、「もらってもらってどうすんの?」と再度聞いてきた。それを無視して、「俺のスコーンは旨いよ」と言う。「一ヶ月間、ずっとこればっかり作ってたからな」
「馬鹿だな」
「あんたほどじゃない」
 軽口を叩き合いながら朝食の席に着いた。朝食。どうもおかしいと透は思う。どうしてまたこんなにも、俺は浮かれているのだろう。なにもかもがきちがいじみておかしかった。当真が透の食卓に並んで、食事を取っているなんて。
 対面式のふたり分の机で十分だろうと思えた。誰かがやってくることがあれば、そのときは床ででも食わせればいい。だれもいないたとえば六人がけのテーブルで毎日食事をとるのは耐えられないと思ったから、ふたり掛けのテーブルを買った。花を一輪生けた。白いガーベラ。
 古寺が結婚して寮を出たので、奈良坂も寮を出ることにした。
 本部のそばはあいかわらず爆撃が多く、ほとんど投げ売りの価格で、十五年のマンションの一室を買った。十年以上男子寮の二人部屋で暮らした透には分不相応とすら思えるほど広く、透はすでに部屋を持て余していた。寮にとどまるべきだったのだと思った。けれどどうしたらいい? 今更ほかの部隊の人間とやっていけるとも思えない。同年代の連中、たとえば出水公平は寮を出て長かった。
 選択肢ははっきりと示されていた。
 当真勇はもう十数年、二人部屋をひとりで使っているのだった。
 しかしその選択肢を透は無視した。透は家を買い、家具を買った。寮より更に近い場所にあるマンションの一室。白いガーベラ。オーブンレンジ。茶葉を並べた棚。冷蔵庫に冷えたチョコレート菓子。
 静かな生活。
 そうして予定調和のように、闖入者はやってきた。夜、深夜、猫のようにやってきた当真を、奈良坂は黙って迎え入れた。それを期待していたと思う。希望。白いガーベラ。祈るように。
 あんたが俺を選ぶことを俺はたしかに期待していた。
「たしかに美味い」
「だろう」
「一ヶ月練習して上手くならなきゃ才能ねーんだよ」
「俺は努力をする才能と集中力だけは人一倍あるからな」
「はは」当真は笑った。「そんだけはな」
 そのタイミングの、どこにそのきっかけがあったのかわからない。当真は身を乗り出した。透もそうした。そうして、小さなテーブルをはさんで、ふたりは吸い寄せられるようにキスをした。
 夜だった。
 夜を背景に当真は立っていた。よう、と言って、するりと奈良坂の家に入ってきた。奈良坂がはじめて手に入れた家、奈良坂がはじめてとりもどした家、あの日近界民に壊されてから失ったままだった奈良坂の家に、するりと、当然の権利のように入ってきた男がいた。当真は猫に似ていた。夜の猫だった。
「……当真さん」
 唇を離して、ガーベラを生けた水がゆるゆると揺れているのに目を落としながら、透は言った。
「当真さん。あんたはいつも、俺にとって、夜の眷属だ。あんなに朝に体を重ねたというのに。あんたは夜そのもので、そして、夜の猫だ」
「……は、猫はてめえだろ。年中発情期」
「年中発情できるのは人間の特性だろう。立派な能力だ」
「言うねえ」
 当真はくすくすと笑い、そうして、存外に律儀な手つきでスコーンを割りながら、「こんどまた遊園地行こうぜ」と言った。
「昼の猫やろうぜ、猫同士」
「……遊園地にいるのは鼠だろう」
「穫ればいいんだろ?」
 ヘラヘラと笑っている当真が、存外に丁寧な手つきでスコーンを割ったあと、透の好物のクロテッドクリームをてんこ盛りにつけて、口に運んでいる、それを見て透は、ふと、意外な事実に気づき、そのまま口にした。
「当真さんに俺が手料理を食わせるのは、はじめてなんじゃないか?」
 当真は盛大にむせた。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -