宝箱にしまわれているものがたくさんある。レイジが作ってくれた木箱、かしゃんと鍵をかけることができる箱。暗号を合わせないといけない数字は誰にも秘密だ。
 そのなかにくしゃくしゃになった写真が一枚あって、陽太郎はそれをいつも宝箱の一番上に置く。宝箱の一番上に置いてもうこれ以上くしゃくしゃにならないようにして箱をあけたら一番最初に見えるようにして。それはレイジと陽太郎がふたりで写っている写真だ。
 玉狛第一が遠征に行くというので最初陽太郎はひどくはしゃいで楽しみだな楽しみだなおもしろいものを持って帰れよと言って飛び回った。それから夕方になってとても寂しくなった。とてもとても寂しくなってぐずぐずと雷神丸に鼻先をおしつけてぐずぐず、ぐずぐずといつまでも、言葉にならない気持ちを漏らし続けていたのだけれど陽太郎、と呼んだ宇佐美栞が、陽太郎の手を引いて引き起こしてレイジのもとに連れて行った。レイジは陽太郎を抱え上げて、栞は陽太郎とレイジにデジタルカメラを向けて写真を取った。チーズ、と言って写真を取って、プリントアウトしてくれて、チーズ、って言ったのにべつにふたりとも、チーズ、という顔はしていなかった。陽太郎は半泣きの仏頂面で、レイジはいつもどおりの無表情で、写真に写っていた。
 陽太郎、これあげる。そう言われて、陽太郎はたいそう恥ずかしかった。玉狛第一がみんないなくなるのが寂しいのではなくレイジが、レイジにひっついていられないのが、レイジとくっついて眠ったり遊んだり話しかけたりできないのが寂しいのだと、それが一番寂しいのだと、宇佐美栞に見破られたからだった。
 陽太郎はプリントアウトされたばかりの写真を抱きしめて眠った。毎日そうした。写真はどんどんくしゃくしゃになっていった。やがて玉狛第一は帰ってきて、本物のレイジと眠ることが出来るようになって、陽太郎はそれを宝箱のなかにしまった。いろいろな宝物、拾ったどんぐりやレイジが作ってくれたおもちゃや折り紙の手裏剣やそんなものが、いっぱいにつまった陽太郎の宝箱のなか、いちばんうえ、いつも目に付く場所に、陽太郎はそれを置いた。

 は、は、は、と息をついて、陽太郎はひどい後悔に苛まれている。死にたい、と思った。とてもはっきりと、おれは死ぬべきだ、と思った。レイジの写真はいま陽太郎の目の前、ベッドの上にあり、べとついた白い液体にまみれている。レイジを犯した。写真に撮られたレイジを犯した。過去の自分を踏みにじった。十年前のレイジを踏みにじって、けれど陽太郎は、これはすでにあのとき始まっていたのだと抗弁しようとする。あの時、玉狛第一ではなくレイジが欲しいと言っていたとき、レイジがいないと眠れないと思って雷神丸を抱きしめてぐずぐずと泣いていたとき、もう始まっていたのだ、そう思った。
 表現する、方法を、知らなかっただけだ。
 絶頂する瞬間ものすごく気持ちが良かった。背徳感しかなくて気持ちが良かった。木崎レイジをそんな目で見ることはおよそ許されていないのにそれでも、違う、だからこそ、気持ちよかった。木崎レイジをくしゃくしゃにしたかった。から、した。木崎レイジが夜毎陽太郎の手の中でくしゃくしゃにされていくことに興奮した。興奮していた。たしかに。あの頃から。
 あの頃からおれはこれをしたかった。
 陽太郎はレイジの写真、自分の精液がべっとりと張り付いたそれを小さくちぎった。小さくちぎってそしてひとくち、ひとくち、口に運んだ。喉を抜けていくとき痛みがあった。痛いと思った。食べづらくて痛い。それに不味い。気持ちが悪い。そうして興奮している。興奮している興奮している興奮している。食べながら陽太郎はもう一度オナニーをした。食べていることに興奮してオナニーをした。レイジを食べていることに興奮してそうした。くるしいと思った。くるしい、しか、ない、レイジが欲しかった。手元に常に欲しくてぐちゃぐちゃにしたかった。できるはずがないのに。
 レイジをそんなふうにすることがおよそできるはずがないのにそれでもそうしたかった。

「満足したか」
 抱き上げた陽太郎を床に下ろして、レイジが尋ねる。陽太郎はぷんと頬を膨らませて、「ふまんなんかない」と言い返す。不満なんかない、べつにない、べつにぜんぜん、そんなの、ない。手にそっと持った写真をぴらぴらとさせて、「レイジがいなくてもおれは、ぜんぜん平気なんだからな」と言う。うん、とレイジは言う。レイジはいつもどおりの無表情のままなのに、どうしてこんなに心臓が騒ぐのだろう。ごめんなさいと言わないではいられないような気分になる、のだろう。レイジごめんなさい、レイジがいないといやだって言えなくてごめんなさい、レイジが必要だって、おれにはレイジがすごく必要だって、うまく言葉にできなくてごめんなさい。だって。
 だってそれを言ってしまうのは間違ったことのような気がするから。
 レイジは無表情のまま陽太郎の頭を撫でた。陽太郎はレイジに言うべき言葉が思いつかなくて胸が苦しくなった。写真を手にして、「これがあったら、ひとりでも、寝れる」と言った。「おれはぜんぜん大丈夫だから、レイジは遠征がんばって、すごくがんばって、たまこまもっと、強くなろうな」そう言って、陽太郎は不機嫌な顔をやめようとした。笑おうとした。うまく笑えたかどうかわからなかった。たぶんうまく笑えていなかったんだと思う。雷神丸がくくっと笑ったから、たぶん変な顔をしていたのだと思う。
「陽太郎」
 レイジはしゃがみこんで陽太郎の視線に合わせようとした。しゃがみこんでも陽太郎よりレイジはおおきいのだけれどとにかくしゃがみこんだ。
「玉狛を頼んだぞ」
「……おう」
 欲しかった言葉だったのか、欲しくなかった言葉だったのか、わからなかった。なにを言って欲しかったのだろう。レイジになにを、言って欲しかったのだろう。たぶんレイジに、俺も寂しいと言われたかった。言われたかった。言われたかったんだ。そうしたら陽太郎も、寂しい寂しいということができるかもしれなかったから。
 陽太郎はレイジの写真を胸に抱きしめて眠る。夢の中で陽太郎はおとなだ。夢の中で陽太郎はおとなで、レイジに、好きだ、と言う。寂しい、と言う。いっしょにいたい、と言う。一緒にいられたらおれは幸せになれる、と言う。もっとずっと一緒にいたい、遠征に行きたい、いつまでもいつまでも一緒にいたい、そう言う。
 宝箱のなかにレイジをつめこんで、もう二度と出さないでいたいみたいな気持ちがそこにあって、実際夢だからそれは叶えられて、レイジを宝箱のなかにしまいこんで、けれど陽太郎は宝箱のなかにしまいこんだレイジのためにぽろぽろと泣くのだった。泣いた涙は結晶になってぽろぽろと集まってひらいた宝箱のなかのレイジのまわりにわだかまった。それは白い真珠だった。白い真珠がレイジのまわりにわだかまってどこまでもどこまでも増えていった。レイジは真珠に埋め尽くされて見えなくなって隠れてしまってそうしてもう陽太郎はそこに閉じ込めたレイジの顔を見ることすらできなかった。でもどうせレイジはいつもどおりの無表情でなにを考えているのかわからないから見えても見えなくても同じことだった。
 夢を見た。レイジは宝箱のなかに寝転がって無表情で陽太郎を見上げている。陽太郎は言葉を見つけられない。
 おまえがいないと困る。困る。困る。理由がわからないまま陽太郎は、真珠でいっぱいの箱を持ち上げて膝の上に載せて、少し、泣いた。



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