自分の影がまっすぐに伸びている先に陽太郎がいる。陽太郎はすべり台にのぼってはおりてのぼってはおりてを繰り返していた。いつまでもいつまでも、えいえんに続く機関のように繰り返していた。夕焼けは深く、もうそろそろ闇がやってくる。そのさなかにレイジは立って、陽太郎がすべり台をのぼっては降り続けるところを見ている。見ている、見ている、見つめている。陽太郎を見つめている。
 もうそろそろ帰らなくてはならないのに、レイジは帰ろうと言わない。くるくると登っては降りを続けている陽太郎を見つめて、ぼんやりとなにか、なにかをつかまえようとしている。なにかがレイジのなかにあった。そこになにかはあるのに、レイジにはその正体がわからなかった。ただ、なにかを「思い出す」レイジはそう思った。けれどそれは「実在しない記憶」である、という、妙な確信があった。
 レイジの傍らには雷神丸がいる。雷神丸はぺたりと転がって眠そうに目を細めている。けれど雷神丸もやはり、陽太郎を見ているのだとレイジにはわかっていた。レイジは、雷神丸と自分は一対の動物のようだと思った。一対の動物、置物の、血肉なきものとして、深まっていく夕暮れのなかにレイジと雷神丸はいて、陽太郎を見つめているのだった。陽太郎がくるくると動くたびに、陽太郎の何倍もある影が動き回っていて、それがレイジには、陽太郎のほんとうの姿のように思える。
 陽太郎がふと立ち止まる。長く伸びたレイジの影のまんなかで陽太郎は立ち止まり、かがみこんだ。陽太郎はレイジの影の、あたまのぶぶんを撫でた。レイジはすうっとどこかから、差し込まれるように、熱を感じた。陽太郎はちいさなものをいつくしむ手つきでレイジの影を撫で、それからまたすべり台に戻っていった。くるくる、くるくる、のぼってはすべり、のぼってはすべり。そのあいだレイジは、自分の中に差し込まれた熱をじっと見つめていた。自分の影を、自分の影に与えられた熱を、見つめていた。すべり台の上から陽太郎がレイジを見つめている。影から顔をあげたレイジはそれを見返す。陽太郎、と小さな声で呟いた。影を見つめているレイジを陽太郎は見つめている。レイジはふと、自分のほうが小さな子供であそこにいるのがおおきな大人で寂しいのは自分でそこにいるのは神のようなものなのだという、気がした。
 思い出している、ような気持ちで、けれどレイジの記憶の中には、こんなふうに穏やかな子供時代の記憶はないから、たぶんそれは、陽太郎が与えてくれた、いまはじめて与えてくれた記憶だった。遠い記憶のなかで、遊んでいるレイジを陽太郎が見つめている。くるくる、くるくると、何度も滑り続けているのはレイジで、陽太郎がそれを見つめている。それは「実在しない記憶」で、けれど明晰にレイジのなかに、とどまった。陽太郎の指をかんじると、自分がそこにいるのだと思う。陽太郎がレイジの影を撫でるとき、自分がそこにいるのだと思う。レイジが血肉なきものになったとしても、陽太郎はレイジの影を撫でるだろうと思う。レイジがまぼろしのようなものになったとしても、陽太郎はレイジの影を、撫でる、だろう。
 熱があった。レイジは血肉を持つものとして、そこに立っていた。陽太郎はすべり台の上にいる。陽太郎は笑って小さな手を降る。手をのばしたレイジの影が陽太郎まで届く。夕焼けが深まっていく。もうじき闇がやってくる。誰もいない公園で雷神丸がふとあくびをする。彼らはそこにいてレイジは自分の影を見つめている。自分の影が陽太郎に、いとしい小さな子供に、レイジをまっすぐに見つめて笑っている指先に、触れるところを。



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