部屋。
 秀次と陽介のための部屋。ボーダーに通うのが遠いから友達とルームシェアをすると言った陽介の言葉は嘘ではないけれど嘘で、でもそれをたとえば結婚したみたいなそういうとかそういうふうに言うのもなんとなく違っていて、ただ三輪秀次が欲しかった、欲しくて欲しくて欲しかった、それだけ。
 三輪秀次は記憶処理されなかった。「姉が死んでいく現場を目撃して腕の中で姉の死を確認した」という現実を、消去されないように、あの日陽介は秀次に入れ知恵をした。なあ、忘れさせられるぜ、それが嫌なら、ボーダーに入りたいって言え。ちょうどいいよ、ボーダーに、ここに入れば、おまえののぞみは叶う、近界民っていうんだあいつらは、あいつらを殺して殺して殺して殺して、殺し続けるのが日課になる、そのための組織なんだここは。おまえは運がいいよ。願いは叶う。ボーダーに入れよ。復讐しろよ。
 そうしてオレの相棒になってくれよ。
 三輪秀次は姉の死を看取った事実をかかえて精神病院に入院し、陽介はくりかえし錯乱する秀次のもとに毎日やってきて家族に顔を覚えられた。にこにこと笑って家族に、あの日偶然知り合ったんですと言った、秀次が心配なんですと言った、秀次のこと心配だから毎日来ますと言った。陽介は毎日かよって泣いて叫んで苦しむ秀次のもとに絶対に毎日顔を出してそうして毎日、いつかオレといっしょに近界民を殺そうなと、言い続けた。復讐を、忘れないように。
 陽介が愛した秀次の復讐を秀次が忘れないように。
 秀次の復讐に恋をしている。だから秀次の肉体を大事に大事にしなくては。秀次の肉体に欲情なんてしてはいけない。
 のに。
「……は?」
 安っぽいドラマみたいだと思った。腕に提げたスーパーの袋がどさりと落ちた。広い家ではないので(だってふたりでいつだってくっついているのだから広い空間は不必要だし秀次は広い部屋で寝るのは闇の中になにかがいそうだからこわいと言った)玄関を入るとすぐに部屋の全部が見えるのだけれどそこに、秀次、秀次はいい、裸になって四つん這いになった秀次のうしろに、出水がいた。
 そうして秀次の後ろには裸になった出水がいて、秀次の、尻に、入った、ものの、持ち手を。
「……は?」
 もう一度確認した。秀次と出水が裸だ。いつもふたりで寝ているダブルの布団の上にいる。秀次は真っ赤な顔をして陽介を見返している。秀次の尻になにかが入っている。それを出水が持っている。ふたりのまわりには、だいたい何に使うのか予想がつくような、ちんこ、まあそう、ちんこっぽい形をしたものがいくつか、転がっている。
「……は?」
「お、……おう、米屋」
「陽介」
 ちょっとまじなにやってくれてんの死ねよくそがどういうことだよ裏切り者意味分かんねえまじえっ何? と陽介が言う前に、秀次がひくく声をあげた。真っ赤な顔をして、湿った呼気の混ざった声で、しかしきちんと陽介を見返して、なんの罪悪感も、抱いていないような表情で静かに、言った。びく、びく、と体を震わせながら、身を起こす。勃起してる、と、遠いところで陽介は考えた。秀次の。ちんこが。びんびんに。たってる。
「おれ、が、っ、ん、出水、に、たのん、っ」
「三輪これ止めるから」
「なくて、い、あ、あぁっ」
 バイブ。
 バイブ?
 頭がまっしろになった。目の前で。三輪秀次が。陽介にとっての美の極致が。ケツ穴にバイブを入れて、喘いでいる。のだ。そうしてそれは壮絶に美しかった。ぎらぎらと光る、戦闘中とまったく同じ目で、静かなひくい声で、
「陽介」
 と、呼んだ。
 操られるように陽介は秀次に近づき、おそるおそる頬に触れた。触ってはいけないもののように秀次の頬を撫でた手を秀次は掴んだ。強く掴んだ。
「お、まえ、が、がまん、して、っあ、だから、おれ、おれは、もう、なんど、も」
「……なんども?」
「いずみに。やって、もらって。れんしゅう、し……あ、あぁ、あっああっひぁ、あ、あ、あ、ようすけ、ようすけっ」
「出水」
「あっはい」
 引きつった顔で正座していた出水が返事をした。
「バイブ切れ」
「や、やだ、いやだっようす、ようすけ」
「出水」
「……切ってくださいだろうが」
 スマートフォンを取り出した。操作してから陽介は、びくっ、びくっ、と震える体にカメラを向けた。秀次のぎらついた目つきがまっすぐに陽介を、カメラを、見た。うっすらと秀次は笑った。ぞくぞくした。シャッタ音が響く瞬間ふたりは見つめ合って笑っていた。スマートフォンを放り出した。それどころではなかった。手を伸ばして秀次の、うしろから、勢いよくそれを引き抜いた。
「あ! ひっあ、あぁあああ、ぁ、あ、あ……」
 抜いた瞬間秀次はシーツの上に射精した。かまわず陽介は、触れてもいないのにがちがちに硬い自分のものを秀次のそこにうしろからがんと付き入れた。秀次が声にならない悲鳴をあげて背中から首筋までがぴんとはりつめているそれを見つめながら陽介は勢いをつけてがつがつと秀次のなかを貪った。秀次の顔が見たかったけれど見たら死ぬような気がした。秀次はあまりにもきれいだった。猥雑な悲鳴をあげて陽介の目の前にいる秀次はたしかに秀次のままでありうつくしいままであり闘争する獣でありぎらぎらと輝いていて陽介の、たましいだった。
「おわー」
 呑気な声が響いた。陽介は振り返る余裕はなかった。鍵のかかっていない玄関を勝手に開けてやってきた男が、「出水ぃ、すげーな」と、太平天楽な声をあげた。ひ、と出水が息を呑む声が聞こえた。
「おまえケツになに入れてんの」
「あ、あの、あのこれ」
「答えろ」
「あ、……アナルパール、です」
「もっとすげーの転がってんじゃんそのへんに。それやめていちばんエグいやつにしろよ。なにこれ、おまえが買ったの? よく買えたな、未成年」
「あの、……もらっ……」
「親切なサンタさんがいたもんだ。いれろよ出水」
「怒って、ん、ですか」
「え? いや」
 そう言ったあとで太刀川は小さく笑ったようだった。
「違うのかな。怒ったほうがいいか? 怒ってやろうか、出水。おまえのしてほしいこと、なんでもしてやるよ」
 出水が、声を、詰めた。
「あ、……あ、あ、あっ」
「出水」
「あ、ちが、違うんですおれ、おれ、そうじゃなく、て」
「おれに怒られると思っただけで、イっちゃった?」
「ちかわ、太刀川さんっ」
「米屋邪魔するなごめんな、うちのがどうしてもって言うから遊んでやんなきゃだけど狭いなここ、ははっ」
 陽介は返事をする余裕もなくてただ黒い大きなうねうねとした形をしたものが大人の指で持ち上げられたことだけ視界の端にうつっていた。「あ、あぁあああっ、あ、あ」悲鳴に近いしかしあまりにも淫蕩でうつくしい秀次の声を聞くのに忙しくて彼らがどうしているのかほとんど認識していなかったし声だって耳を素通りしていて秀次だけが、重要だった。
「太刀川さんやだ、やだそれやだ太刀川さん、さんの、太刀川さんのがいい、太刀川さんのっ」
「おまえが持ってきたんだろ、三輪に入れてやっておまえは使わないってのはおかしいだろう三輪処女なのに、ていうかおまえが三輪の処女奪っちゃったのかかわいそうにな米屋、米屋おまえのこと大好きで大事な友達だって言ってたのにかわいそうだなぁ? 裏切り者。最低。……ははっ、ほんっと罵られて興奮すんだなおまえ、すげー」
「ちが、ちがう、ちがいます、太刀川さんおれっ、おれぇ」
「いいから腰こっち向けろ」
「あっやっやだっああっあ、ああっ」
「陽介、ようすけようすけっあーっあああっ、ん、んんぁああぁ、イかせ、かせて、」
「おまえが決めろよ隊長」
「ん、んぁ、あ、もっと、もっ」
「おく?」
「やだったちかわさっなか、ぐちゃぐちゃ、して、あ、あぁっあ、やだ、や、あ、あ、あ」
「こっちくっついてていいからな、よしよし、抱っこしてやるから、な、出水、ごめんな、かわいいな、出水かわいい」
「やだぁ太刀川さんっおれのこと嫌いになっちゃっやだっあ、あぁあ!」
「秀次、秀次好き、好き、好き……!」
「あぁああ、ぁ、ん、んんんん、んーーーーーー!!」
 ぷつん、と、突然、静かになったような気がして、搾り取られる感覚があって全身が下半身で陽介は秀次のなかに入った部分だけになっていてそうして射精していた、秀次の、なかに、射精していて、そうして、意識が戻って、陽介は秀次のなかから、ずるりと取り出す。陽介は秀次の腕を引いて向き直らせた。顔をみつめる。まっすぐに秀次は陽介を見つめて、それからそっと唇をあわせてきた。秀次のほうから来て陽介はそれを受け止めただけだった。唇をあわせるだけのしかし長いキスのあと、ぎゅっと陽介は秀次を抱きしめた。
 出水はひっくひっくとしゃくりあげて太刀川にしがみついている。
「太刀川さん」
「うん」
「布団のクリーニング代、折半で」
「いいよ」
「オレら風呂使うんで、ここどうぞ」
「サンキュー」
 秀次と目が合った。秀次は薄く、笑っていた。もう一度キスをした。触れるだけの。

「帰った?」
「おかげさまで。ハメてる?」
「おかげさまで」
 太刀川が作ったという四角いかたちに穴の空いた海苔が乗った海苔弁はどうやらアステロイドを表しているらしい。高校の昼休み、昼食を三人でとっている。もう秀次がそこにいても「秀次のまえでそういうこと言うな」と足を踏む必要はなくなり秀次は、陽介の作った卵焼きをもくもくと食べている。
「おつかれさまです陽介くん、たいへんお世話になり、たいへんご迷惑をおかけしましたがつーか三輪謝ったのかよ」
「謝る必要はない」
「そうですか……」
「あのさあやってたこと自体はいいよ、まあいいよ、オレの秀次の最初がオレじゃなかったことに関してはまあいいよ、最初にハメたアレはオレだからまあいいよ、でもいつからやってたんですか公平くん」
「オレに聞くなよ、三輪に聞けよ」
「秀次はわるくねーし……」
「オレは三輪に相談されて答えてやっただけだからな!?」
「つーかあれ出処どこなの、おまえが買ったわけじゃないんだろ。秀次なわけないし」
「……狙撃手周辺とだけ言っとく」
「あー」
 変態だ。なるほどと陽介は納得し、同じ卵焼き、肉そぼろが入っているやつを口に放り込んだ。三輪秀次は美しいことに価値のある生き物なので陽介は秀次のために食事もつくるし家事もする。三輪秀次が復讐と闘争に生きている限り陽介は三輪秀次のためになんでもやるし、セックスしたほうがいいならするし、してほしいと一言言ってくれればもちろんしたのだった。もちろん。だって陽介は勃起していたんだし。
 でもそこで秀次が欲求を口に出すことをためらって迷っていたということ、その事実が陽介を喜ばせている。迷って苦しんで対処方法を考えてそれが全部陽介のためだったということ、秀次は陽介を好きなのだということ。
 秀次は、陽介を、好きなのだということ!
 陽介はだから上機嫌である。陽介の献身は報われ、ちゃんと秀次は陽介を好きで、しかもそれは陽介が秀次にとって都合がいいからじゃなくて、陽介の勃起に対してちゃんと対応したいと思うような種類の、好きが、あるのだということ、そして秀次がその好きを陽介に向けても依然として秀次はやっぱり美しいままだったということ。それは全部素晴らしいことだけどそれはそれとして出水公平許さない、いや、許すけど。
「秀次なわけないし、じゃねえよ、やかましいわ」
 三輪が言い出したんだっつーの、とぶつぶつ言いながら、なにか正体不明の丸いものを食べている、出水の弁当に箸をつっこんでそれを奪った。「あ」止められる前に口に放り込む。チリソース味の肉団子だった。たぶん鶏肉だ。
「こら!」
「陽介」
「うまいうまい太刀川さんすげー、はい行儀が悪かったですすいません」
「公平くんに謝って! 三輪じゃなくて公平くんに謝って!」
「陽介くん公平くんのこと嫌いだから謝らない〜」
「陽介」
「いやこれは秀次に言われてもマジで、裏切りは裏切りなので」
「なんでおれだけ責められるんだよ」
「友達だから」
 陽介はへらへらと笑いながら、「愛は裏切られてもオレの中で終わるまでずっと存続するけど友情は裏切られたらしんどいので、オレは怒りますね」と言った。
「うるせーよおまえは、まえまえからずっと。オレはおまえのなかでなんなわけ」
「だから言ってるじゃん、青春アミーゴだって言ってるじゃん」
「だから古いっつってんだろ」
「青春アミーゴってなんだ」
「三輪知らねえじゃねえか! やっぱ古いじゃねえか!!」
「こんどカラオケ行こうぜ」
「俺は暗い部屋が嫌いだ」
「だめかー」
「……ほんとさあ、マジさあ、おまえらはさあ」
「なに」
「おめでとうございます」
「うん」
「ありがとうございます」
「出水のおかげだ」
「その話やめよう秀次」
「おまえがそうしたいならやめよう」
「いいかげんにしてくれ」
「出水も太刀川さんの話をするといい、耐えてやるから」
 真顔で秀次は言った。陽介と出水は一斉に噴き出した。げほ、げほ、と咳き込みながら、「耐えるんだ!」と陽介は言った。
「あの人が苦手だが出水に世話になったから太刀川さんの話を聞いても耐えるから、するといい」
「ぶ、ふ、へへ、そ、そうだよしていいぜ出水、トイレ問題解決した?」
「トイレ?」
「やめろ黙れうるせえ三輪気にすんな気にすんな気にすんないいか飯食ってる時にトイレの話すんな絶対だぞ!」
「脱糞したんだ」
「やめろ!!!!!!」
 秀次は首をかしげている。陽介はげらげら笑い、「高度なプレイ!」とはやしたてる。大切な友達が与えられて与えられて与えられ続ける甘い、甘い、甘いだけの食べ物をちゃんと、受け止めているようでそれは、大事なことだったから、楽しいことだったから、すばらしいことだったから、秀次の隣に座って陽介は、へらへらとできるだけ軽薄に、「お幸せに」と言う。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -