「だって家買ったって言ったじゃん」
「そんなんオレだって家借りましたよ」
「ていうか三輪とやってないの」
「出水にも言われましたけどやってませんしやりませんしやる必要を感じませんし秀次はまだ子供ですよ」
 ドリンクバーのジュースを全部ブレンドしたありがちなものを飲みながら太刀川慶の話を聞いている。「へんなやつ」と太刀川に言われた。太刀川にだけは言われたくない、まったく心外だと陽介は思いながら笑っている。この男は真剣になることを削ぐようなふわふわしたところがあっていつでも笑わずにはいられないのだった。内容がない、ぺらっぺらだということだ。そして同じ理由で秀次は太刀川を嫌いだとそう言った、言いたいことは、よく、わかる。
「ふつうさ、家を買って一緒に住むときは、家族になる、決意を、決める、って、ことだろ、米屋」
 しかし太刀川のほうこそ途方もない馬鹿を見ている、という顔でやたらにやさしくそう言い、陽介としてはたいそう心外だった。
「決めてますよ、決意」
「そりゃ別に、三輪とおまえがどういうかたちを選んでも、おまえの自由だけどさ。ただべつに三輪はもう子供じゃないと思うぜ。出水とタメだろ。おまえともだけど」
「歳関係ないでしょ」
「わかったよ、好きにしたらいいだろ、わかったよ」
 呆れたようにひらひらと手を振り、「口出ししねえから好きにやんなさい、それより太刀川さんのお話を聞いてくれるはずだっただろ」と言った。
 出水と喧嘩しちゃったからなんか適当に機嫌取っといてよ、と、ボーダー本部(新しくなった方のやたらにでかいボーダー本部)で言われてハイハイと答えた、たったそれだけだったはずなのになにしろ青春アミーゴだったものだから、出水公平がほんとうに困りきっていてそれは実にくだらなくて愉快だったから、出水公平に、どうやら、感情というものが、ちゃんと存在したらしかったから、陽介はそれを解決してやることにする。ちゃんと解決してやれるとおもうので解決してやることにする。なんというやさしさだ、解決してやることにする、だって陽介と出水は、青春アミーゴで、ふたりはプリキュアで、スプラッシュスターだったから。いま隣にいないとしても、ふたりがそうやっていたころがあって、それが楽しかったことは、あいつといると気楽でとても楽しいということは、そういう時間があったことは、事実だったしそれは楽しかったから、陽介は出水が困っていたらそれなりに、手助けしてやる準備があるのだ。出水公平との間にあるのがよくある赤いやつじゃなかったとしても、というか、だからこそ。
「あいつの機嫌取ってやりますから、詳しいこと聞かせてくださいよ」
「どっから喋ればいいの、付き合いだしたとこから? オレが出水を虐待してたところから?」
「は!?」
 大きな声が出た。客の視線が集まったのがわかった。なんだかこんなのばっかりだ。

 出水を虐待というかそれは虐待ではなくて要するにトリオン体を使った一種のプレイだったという話はひとまず割愛する。どんなプレイをしているかということが聞きたいわけじゃないべつにそんなわけではない、というか、セックスなんか興味はない。あーあーもういいと言いながら様々なプレイについての内容を聞かなかったふりをしたあとで、わかりましたわかりましたふたりがエッチするようになったって事実を受け入れますと言って、セックスを含まない方の経緯を、聞き出した。
 ある日太刀川慶は、「ダブルベッドを買おう」と言った。
 出水公平は、「は?」と言った。
 正月の話である。彼らは彼らの家にいて、太刀川が作った白玉をうかべた太刀川が作ったぜんざいを食べていた(この人料理なんかするんだなと陽介は思った)。太刀川は思いついたとてもとても良いことに対しとても浮かれていて、目の前に出水がいることに浮かれていて、ハッピーでエターナルだったので、「ダブルベッド買おう。いま出水はみ出してて、かわいそうだから」と言った。
「え、あの、え? 布団でいいですよ、買うんでも、てか、べつに、買わなくて、いい、です……」
 そう言う出水がものすごく可愛かったと太刀川は言った。だってわかるか米屋、布団買わなくていいってことは一枚の布団でくっついてべたべたしたいって言ってるってことだぜすげー可愛い、出水ってほんと可愛いんだよなそんときも顔真っ赤にしてさ(知らない人間の話のようだなと陽介は思った)。
 出水は言ってから頬を赤らめ、「いい、です、べつに。いらないです……」と言った。しかし太刀川はやると決めたことはやる男でありべつに出水の意見は聞いていなかった。べつに太刀川がルールで絶対で全てだと言いたいわけではないがおおむねそうだしだっておれが隊長でおまえは言うこと聞くだろ(そもそもどうして出水は太刀川につくことにしたのだろうとぼんやりと陽介は思った)(そこに、秀次と陽介の間にあったようななにかしらの運命を、赤い方の糸を、見つけたのだろうか)。
「いーやおれはベッドを買うし、あーでもダブルで足りるかな小さいんじゃないかな、だって出水まだでかくなるだろ」
「や、……どうですかねえ」
「まだでかくなるよ。おれよりでかくなるかも。だからとびきりでかいベッドを買おうぜ。そしたらこの家じゃ狭いなあってか」太刀川は当時彼らが住んでいた狭いアパートの一室を見回した。「そもそもベッド入れられないな。よし家買おう」
「は?」
「ベッド買うためにまず家買おう。そんで出水おまえもそこに住め。決定。これ食ったら不動産屋行こうぜ」
 は、と出水は言い、口をぱくりと開けてそれから閉じて、へらりと笑い、困ったように笑って、「……はいはい了解」と言った。
 そんなわけで彼らは一緒に住むことになったのだ。広々としたキッチンと巨大なベッドの置ける寝室がある部屋に。そうしてそれは幸福なことだったので、太刀川は出水がそばにいて、四六時中そばにいて、だって(それは陽介も実感していることだが)、一緒に住むというのは一緒に帰るということであり一緒に眠って一緒に起きるということであり毎日一緒に食事を取るということなのだ、すごい、すごかった、ほんとうにすごいことで太刀川は、出水を腕のなかにかかえて生活するようになった。
 毎日。
 出水が学校から帰ってきたらすぐにつかまえて出水を腕のなかにかかえて出水をどこにいくにもなにをするにも携帯して腕のなかにおさめて料理もしたし膝にのせて食事をとらせたし風呂にも一緒に入ったしトイレに、トイレだ、トイレが問題だった。そこまではへらへら笑ってなんなんですかもうと言いながら慶のべたべたを許していた出水は、トイレで「さすがにこれはねーわ」と言い出した。
「狭いんですけど」
「べつに見てねーよ」
「見てねーかどうかおれにはわかんねーよ」
「べつに見てねーからさっさと入れよ」
 小までは許された。大で終わった。
「いいかげんにしろよ!」と出水は言った。
(気持ちはよくわかる、と陽介は同情した)
「なにがかなしくてクソしてるとこを、す、す、すきな、好きな人に見られなきゃなんねーんだよふざけんないいかげんにしろ太刀川さん、なんか、大嫌い!!」
 言い捨てて(たぶんものすごくクソしたくてたまらなかった出水は)、学校鞄だけをひっつかんで家を飛び出していった(そしてたぶんそのへんのコンビニでクソしたんだと思う)。で、それ以来出水は実家に戻って愛の巣に帰ってこない。

 かわいそうに、というのが陽介の最初の感想であるがそれ以前に、陽介は、たいへんに感動していたのだった。
「あいつってなんか」
 陽介は言った。そこまでだらだらと微に入り細に入り実に細かく出水のリアクションや出水がどんなに可愛いかについての言及を含めて延々としゃべり続けた太刀川はため息をついてチョコレートパフェを注文した。傷ついているので甘いものが必要ですというそぶりでチョコレートパフェを頼んで太刀川は伸びをして、自分が悪いことをしたとは、かけらも思っていないようなのだった。
「あいつとかオレとか。太刀川さんとか。感情のない生き物、みたいなイメージあった」
「なんで。あるよ」
「いや、感情はあるんだけどさ。情熱とか、愛とか。なんかに執着するとか、執着できるものを見つけるとか、見つけたいとか、そういうの、全然ないような気がしてた。ないまま、生きてくんだって思ってた。でもさあ太刀川さん、そうだよな、オレは秀次を見つけた。……よかったなあって」
 なんかすごく、感動してる、と、思った。
「あのさあ、太刀川さん」
「うん」
「出水はちょっと、混乱してんじゃねーかな」
「混乱?」
「自分に感情があるってこと、あいつも知らなかったと思う。あいつなんか特に、知らなかったと思う。オレがそれは一番良く知ってると思うんだけど。だれかを好きになったり、特別に思ったり、恥ずかしいとこ見せたくなかったり負担になるのこわいと思ったり、好きな人が好きなのに受け入れられない部分があってそのことですごく腹を立てるとかさあ、まじ、それ出水公平かよって思う、そんなんできたのかよって思う、すげーことだと思う、あいつがそんなんできるの、すげーことだから、……待ってやってよ」
 オレの大事なアミーゴを待ってやってよと陽介は、笑って言う。だってそんなの知らない。
 オレたちはそんなの、知らずに生きてきたんだ。
「つうか太刀川さんさ、結局さあ、自信あるでしょ」
「なんの?」
「出水がどうせあんたのところに帰ってくるって」
「そりゃあるさ。あたりまえだろ、出水がおれを好きにならないわけがない」
 とても堂々と太刀川は言った。陽介はけらけらと笑った。あいかわらず感情もなにもないように見えるのに揺らがない生き物のように振舞っているのに太刀川慶は、太刀川も、出水の前で混乱したり笑ったり泣いたり、するのだろうか。それとも全然、しないのだろうか、しないのか、しないふりをしているのか、勃起していることを隠しておきたい陽介みたいに。みんな本当はそうなのかもしれない。みんな本当は泣き喚きたいのかもしれない。みんな本当は秀次みたいにほしいものが欲しくてなくなったら泣きたいと思いながら生きていて、生きて、いける、のかもしれない。
 感情なんてないように、生きなくていいのかもしれない。
「出水かわいそうっすよ太刀川さん」
「そうか? かわいそうなのおれじゃない?」
「太刀川さんはやりすぎ。出水がかわいそう。だからステーキ食っていい?」
「いいよ」
 相関関係のないことを言ったのに太刀川はあっさりそう言って、店員を呼ぶためのボタンを押した。
「出水はさぁ、いますげーこわいと思うよ」
「こわい? おれが?」
「太刀川さんじゃなくて、太刀川さん相手にして、泣いたり笑ったり、することが。あのさあ太刀川さん、オレと出水は一緒にいるとすげー楽なの。なにも考えなくていいじゃん。でもそれってなんつーの、ありだけどなしっていうか、進歩がないっていうか、楽しいだけなんだよな、楽しいのいいことだけどさ、いいことなんだけどさ。そんなわけでオレは秀次といることにしたの、つらくても」
「へえ、つらいのか」
「けっこうつらい。でもそのほうがいいんだ」
「あれ? 『自分を鍛える』?」
「なにそれ。秀次はそういうの好きだけどさ」
「おまえもそれ好き、みたいな話だったと思うんだけど」
「そうだっけ、……そうかも、似てきたんじゃないかな、一緒に住んでる、……家族、だから」
 陽介は笑ってそう言った。へらへらと笑ってそう言った。三輪秀次はきれいだ。三輪秀次は美そのものだ。三輪秀次は感情だ。陽介は三輪秀次を搾取している。三輪秀次をぱくぱく食べて、かんじることをおぼえていく。三輪秀次といるとこわい。知らないことをどんどん気付かされてこわい。好き、好きだ、好きだと思う。それが、好きだということだ。
 たぶん出水もいまそんなふうに感じている。太刀川が与えるもののひとつひとつを受け止めるのにていっぱいで目を白黒させている。どんなささやかなものでも太刀川から与えられるだけで十分に重たい甘味で消化するのが難しいのに太刀川の話のなかで太刀川は、どんどんどんどんどんどんわんこそばみたいに次から次へと与え続けている。
「出水が怒ってんのはたぶんそこ。トイレ自体が問題じゃなくて。いや、トイレはやりすぎなんだけど、たしかに」
「だって好きなんだぜ」
「優しさだと思って小出しにしてやってよ」
「米屋やさしいなぁ、友情だな、いいな」
「いいでしょう」
「小出しねえ」
 たいした重荷だという口調で太刀川は嘆いた。チョコレートパフェはぺろりと平らげられ、入れ違いに陽介の目の前にはサーロインステーキがやってきて陽介はそれにとりくむのに忙しくなった。
「なんかさ」
「んん?」
「ガキなんだな、結局、おまえらはまだ」
「だからそう言ってる」
「歳は関係ないって言わなかったっけ?」
 そうだっけ?



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