最近あんたあれやんないですね、と出水が言ったのが、ジャケット借りますねと言って出かけて行って帰ってきて腹いっぱい過ぎて死ぬと言いながら慶の作ったプリンを食べていたところで、出水は焼肉を食いにでかけていたのだった。アフトクラトルによる大規模侵攻の際に東春秋に世話をしたとか手伝ったとかなんとかで、まあそんなのは任務なのだから当たり前のことなのだけれどとにかくそういう縁で飯をおごってもらうからと言って出水は出かけて行った。出水はその前日(土曜だった)からごろごろと慶の家に転がっており、以前ならそんな折にはじゃあやるかあと言ってやるんですかあと言われて、出水の足首をちょん切るところから始めていたものだった。最近あれやんないですね。
「気づくの遅くないか」
 あれから、つまり最後にそれをやってから太刀川隊は遠征に行って戻ってきて玉狛支部の黒トリガーにまつわる戦闘があってなんだかんだで迅は風刃を返上してつまりランク戦に戻ってきて、まだ対戦はしていないけれど、迅がS級ではなくなったということは慶は迅を取り戻したということで、人生の楽しい側面がひとつ取り戻せたということで、バンザイ、というところだった。それはすばらしいことだったし人生が退屈でなくなる。あと忍田が久しぶりに前線に出たということで、その現場に慶は居合わせなかったのだけれど、あとで録画を見せてもらってああ忍田さんやっぱりかっこいいなあとおれのヒーローだなあと最高だなあと悦に入ることはできたし、同学年の堤大地は現場にいたということでその場のようすを根掘り葉掘り解説させることもできた。なにより新型をたくさん斬ってそれは楽しかった(人型を斬れなかったのは残念だったが)。非常に充実した冬を慶は過ごしており、
「だからですか?」
 と出水が言ったとき、それを完全に否定することはできないなあと思いはした。しかし慶は、
「ちげーよ」
 と言い返した。
 出水はまだ慶のジャケットを着たままだった。出水が慶のジャケットを羽織ったようすは非常に間が抜けていた。だいたい出水は体が薄っぺらすぎるし肩幅も狭くてタテにもヨコにも慶のサイズには全然足りていなかった。そして出水は非常にアホくさいデザインのTシャツを着ていて、なんとそれは出水自身がデザインしてわざわざTシャツの会社に注文して一枚一枚作っているTシャツで出水はそういうアホくさいTシャツを何十枚もこれまでに作っていて完全なアホだった。アステロイドだかなんだか、とにかく細かく分割されたトリオンキューブが印刷された黒いTシャツを出水は着ていてその上に慶のジャケット、それなりに良いお値段のする、忍田に選んでもらった、ダークブラウンのジャケットを羽織ってなんていうか「借り物」感満載の姿で出水は出かけて行って、まあ全体的に、アホだった。そして出水のそういうところを可愛いと思うようになっていた。
 いやもともと出水のことは可愛いと思ってはいたのだけれど、あれから出水をずいぶんと慶は可愛がるようになったような気がしていて、けれど出水にそれは気づかれない程度のことだったのかもしれない。最近あんたあれやんないですね、と出水が慶の部屋で言うまで、それだけの時間が経過していた。
「飽きたんですか」
「それもある」
「あと最近楽しいこと多かったからですか、侵攻とか」
「うん」
「迅さんとか」
「それもある」
「も」
「も」
「メインは?」
「出水」
 もう一個プリン食うか、と慶は聞いた。出水は顔をしかめて、ごめんなさい、と言った。謝る必要はないのに謝って、それからへらへらと笑って、「太刀川さんは変だ」と言った。
「あとは料理? です? 理由」
「それもある」
「それも、も、か」
「そう」
「あのねえ太刀川さん」
「うん」
「……焼肉うまかったです。こんど隊でも行きましょう」
「唯我焼肉とかだめだろ、臭いってうるさいだろ」
 慶は身を乗り出して、出水のジャケットに鼻を近づけた。嗅いだ。「臭い」そのまま鼻をすりつけていると、出水は困ったようにすこし身を引いて、それから、太刀川の頭にそうっと指をのせた。撫でられた。
「犬みたい」
「わんわん」
「そういうのいいですよ。すいませんねえ臭くして」
「べつにいいよ」
「あのねえ太刀川さん」
「うん」
「東さんも変だなあって」
「言ったの」
「言いました。米屋も笑ってました」
「どこまで喋ったんだ」
「どこまででしょう。緑川はどこがおかしいのかわかんねえって顔してました」
「え、どこまで喋ったんだ」
「焦ってる?」
「焦ってねーけど、ていうか、喋るな、変態の隊だと思われる、とか言ったのおまえだろ」
「そこは喋ってないです」
「じゃあどこだよ」
「どこでしょう」
 くく、く、ふふふ、ふ、と出水は笑い始めた。笑って、笑って、笑って、慶の頭を撫でた。それから出水は慶の頭を、出水の肩に鼻をうずめた慶の頭を引き剥がして、それから出水は、それから、慶の唇に。
「……こういうことなんですけど」
「え、なに」
「わっかんねえかなあ!」
 出水はぐしゃぐしゃと慶の頭をかき回し、顔をしかめたままでひとしきりかき回して慶の髪をすっかり逆立てて(見えやしないがそんな気がした)から、はあ、と息をついた。
「……寂しい、って、言ってんです、おれは」
「はあ?」
 慶は目を丸くした。そうしてから、ああそうだった、と、今更のように思い出した。慶が最後に出水を相手にあれをやったとき、あれというのはざくざくのことで、出水の虐殺だけど、あのとき慶は出水にキスをして、好きだと、好きだと言ったのだっけ? 言った。言ったと思う。なぜならあのときから慶は出水のことが好きだから、それは間違いないことだったから、そのとき慶はたしかに出水に、好きだと言ったのだと思う。そしてあれ以来一度も、慶は出水を殺していなかった。
 出水を殺したがるのは慶が出水が死んだらつらいと思っているからだと、気づいてしまったからだ。
 慶は出水を殺すのをやめて、そのかわりに料理を始めた。肉を揉んで、魚をさばいて、炊き込みご飯なんかも作った。菜っ葉を選んで、根菜を似て、きんぴらなんかも作った。調味料も揃えたし、クックドゥじゃない麻婆豆腐も作れるようになった。そしてそれは全部出水だった。
 それらは全部、出水公平だった。慶の手の中で。
 そして出水をそこに呼び出して、慶は出水に食事を与えた。出水はいつもどおりの顔をしてやってきて、そうしてなんだか変だなという顔をして飯を食った。そういえばそうだった。なんだか変だなという顔をしてはいた。そのことに気づいてはいた。気づいてはいたのだった。そういえば。
「あのね太刀川さん、もうあれやんないなら、おれもうひとりじゃ来ないですから」
「なんで」
「おれにだけ飯食わせて唯我や柚宇さんには食わせないってのも変だし」
「変ではないだろ」
「なんでですか」
「おれがおまえを好きだから」
 ぐ、と出水は喉を鳴らした。言葉をつまらせたのだ、と、一瞬後になって気づいた。慶は笑った。笑わずにはいられなかった。あんなに何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も死の淵に追い込まれておいてへいきのへいざの顔をしていた出水公平が、まるで年頃の男子のように、好意を告げられて慌てふためいている。フツーだ、と思ったあとで、そうだったこいつはフツーなのだったと思い、けれどおかしいな、殺されても平気な顔をしているんだから、恋のひとつくらい平気な顔で、全然素知らぬ顔をしているものと思っていた。なんだおかしいなと慶は思い、こんどは慶が出水の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「おかしいな出水、おまえ変だ」
「……なにが、ですか
「動揺してる」
「してます」
「好きだよ」
「なんで」
「さあ」
 だっておまえを殺してやりたいと思った時からそんなのは始まっていたんだから、おまえを殺さなくちゃならないと思った時からそんなのははじまっていたんだから、たぶんおまえが天才だからだと思う、おまえが神のようにふるまうからだと思う、おまえが殺しても死なないからだと思う、おまえに膨大なトリオンがあるからだと思う、そうしておまえが平気な顔をして殺されてゆくからだと思う。おまえが死を恐れないからだと思う。なんだそうか、と慶は思う。出水が恐れないのは死だけで、損傷だけで破壊だけで喪失だけで、だから出水を殺したかったら方法が違った。出水を殺す方法を慶は見つけた。気分が良かった。これで出水を殺せる。
 向こう側に手を伸ばす方法を探してる。
 月見と「自分を鍛える」ことで、忍田とやりあうことで、迅に勝つことで、向こう側に手を伸ばす方法をずっと探している。向こう側というのは退屈のない世界だ。ひとりぼっちにならない世界と言ってもいい。つまらなくない世界に行くために手を伸ばしてる。そして出水を殺そうとしたのもそういうことだった。つまりそういうことで慶は、出水の髪をくしゃくしゃにかき回してそれから出水の頭を引き寄せてキスをした。焼肉の匂いはもうしなかった。プリンの匂いがした。慶が与えたプリンだった。慶が作って与えたプリンの匂いがして、慶はそのまま床に出水を引き倒した。出水は抵抗しなかった。抵抗してもいいのに抵抗しなくて、ただ、懸命に目を閉じていた。なにがおこっているのか、知りたくないから知らなくていい、みたいな感じ。
「目を開けろ」
 慶は命じた。出水は首をふって、けれど目をあけた。慶はまぶたにくちづけをした。目をあけたままの出水のまぶたに。びく、と出水は体をふるわせた。こわい、とか、つらい、とか、そういう感じの震え方をして、それは出水を殺しても殺しても得られなかった感触だった。
「おまえこわいの」
 出水は返事をしなかった。
 慶は気分を良くした。まず出水の言葉を殺した。出水の体をなぞった。昔やったみたいにひどくはしなかった、傷はつけなかった、体を撫でて撫でてやさしくして、脇腹とか腹とかをくすぐって、焼肉の匂いのするジャケットのまえをあけて、ださいTシャツをまくりあげて、なかにかくされているものを舐めたり吸ったりした。体にキスを繰り返していると出水は腕を持ち上げて顔を覆った。殺したうめき声が上がった。気持ちがいい、ということを示しているのだと思ったし乳首を噛んだら腰が浮き上がってびくびくしていて、痛いんだかきもちいんだかどっちだろうなとおもいながらしばらくの間そこばかり吸ったり噛んだりしていた。出水は終始いじめられていてつらいみたいな反応ばかりを示していて大丈夫大丈夫と慶は言っていた。なにが起こっても大丈夫。最終的にはおれが出水を食べる、それだけのことで、そんなのはもう何回も、何十回も、ふたりでやってきたことじゃないか、おれはおまえを食べてる、ずっとまえにそう言っただろう、料理ができるようになった、そう言ったはずだろ、おまえをおれは、食べてるって。
 出水が食べかけたプリンが半分、床の上に残っていた。慶はそれを指先ですくって、出水のケツに指をつっこんだ。プリンはぬるりと出水のなかに入っていった。「出水、プリン食ってる」慶は言った。
「……あん、たは、ばか、ですか」
 震える声がそう言った。「馬鹿じゃねえよ、おまえがそう言ったろ」そう言って慶は、「馬鹿でもいいけど」と付け加えた。たしかに馬鹿かもしれなかった。出水のケツにプリンを食わせた。ぬるぬるとなかに塗りこんでいくとどんどんべたべたになっていった。そこはあかくて湿っていて肉の色がちらついていて生身の体で、トリオン体を何十回殺すより死に近いことをやっているような気がした。実際たぶんそうだった。慶のまえに出水は転がっていて出水は無抵抗で力の入らない足を投げ出していてそうしてケツの先にあるのは内蔵で見えている肉は内蔵の色で赤かったのだから、だからそれはすごく死に近いことだった。だから慶は時間をかけてゆっくりといつまでもいつまでもそこをいじくりまわした。出水はずっと、ふー、ふー、と息をついて苦しそうにしていて、気持ちよさそうにも聞こえたし、そうじゃないようにも聞こえたし、どうだかよく、わからなかった。
 ああなんだこれ、セックスじゃないか。
 そう気づいたとたん、ああそれならこれからやることひとつだよなと慶はそう思って、慶はそこに最終的にやっぱり入れるべきなんだろうと思って、自分のまえをあけて性器を勃起させてからそのなかに突っ込んだ。ひっ、と出水は悲鳴をあげて、指を伸ばしてくるので慶の服を掴ませてやった。あっ、あ、あ、あ、ひ、ふあ、あ、あ、ああああああっ、出水が上げているのは嬌声というより悲鳴ですごくそれは殺している最中であるという感じがしてああおれはやっぱりこれがやりたかったんだとおもいながら慶はさかんに出水のなかを突き上げた。出水の細っこい体のなかに自分のものが収まっているなんて不思議だと思った。そんな大きさでは全然ないのに出水はそれをのみこんでいたしどうやら切れてもいなかった、慶がしつこかったのとプリンのおかげで切れてはいなかった、そうして出水の低い体温からは信じられないほどなかは熱かった。熱い、と思った。セックスだった。出水と慶がセックスをしていた。不思議だった。ほかのだれともこんなことはしなかったのに慶は出水とセックスをすることを選んでセックスをしていた。そうしてそれをすることで向こう側へ行けるような気がしていた。セックスは気持ちがよかった。出水のなかは気持ちが良かった。出水、きもちいいよ、と慶は言った。そう言った途端出水は目を大きく見開いてぼろっと泣いた。なんで泣いたのかはわからなかったけれどきもちいいよ出水かわいいなと、出水んなかきもちいいよと、慶は繰り返して出水に教えてやった。出水はしゃくりあげて泣きながらがくがくと体をゆさぶられてやっぱり悲鳴にしか聞こえない声を上げていた。ぎゅうと掴んだ指をほどいて慶の背中にひっかけてやったら首にしがみついて、たちかわさん、たちかわさん、と、慶を呼んだ。うん、うん、と慶は返事をしてやりながら出水の熱い、熱い、熱いさなかに搾り取られるようにぶちまけて、とても幸せだった。
 幸せになった。
 出水、と慶は呼んだ。
「おまえ今、幸せ?」
 出水は長いあいだ黙り込んだあとで、「……はい」と答えた。



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