ざくざく、ざくざく、ざくざく、ざくざく、ざくざく、ざくざく。出水公平は平気のへいざという顔をして慶を見上げている。出水はおかしい、狂っている、と慶は思う。そうして狂っている出水をなおしてやるのが慶の役割だったはずなのにどんどんおれたちはダメになっていく、とも思い、けれどそれのなにがいけないのだろう、とも思った。おれたちはどんどんダメになっていく、それでいいじゃないか、べつに、それでいけない理由なんて、なにひとつないだろう。
 ざくざく、ざくざく、ざくざく、ざくざく、ざくざくざくざくざくざくざくざくざくざく。
「おまえのおかげでおれ料理ができるようになったよ」
 慶はそう言う。出水は、半分切り落とされた首をほとんど慣習のように傾けて、「それグロい話みたいに聞こえるんですけど」と言った。
「毎日毎日こうやって切ってりゃさあ」
「やっぱグロい話だ」
「おまえの話じゃん」
「おれの話ですけどね」
 ざくざく、ざくざく、ざくざくざくざくざくざく、出水公平を切り刻んでいる。部屋中流出したトリオンの煙でいっぱいになって、なにがなんだかわからない。そこは慶の部屋だ。慶がひとりで暮らしている慶の部屋。ひとりで暮らすようになってから慶は出水をこうやってざくざくと切り刻むようになった。切り刻むのは楽しかった。
 不思議なことだと思うのだけれど(本当は不思議でもなんでもないのだけれど)、慶が何度何度何度何度何度出水を殺しても、出水は太刀川さんひでーなあと言って、何度でも生き返るのだった。おれの大事なトリオン無駄にしてほんとひでーなあ、とつぜん出撃命令出たらどうすんの、そう言いながら換装を解いた出水は慶のまえでまったく死を知らない子供のようにまっすぐに慶を見返している。不思議だなと思う。慶はそのことを心底不思議だと思っているのに出水はなにも考えていないからっぽの顔で、腹が減りましたよ太刀川さんカップ麺でいいですか、などと言う。
 大切な公平くんが、痛みを知らずに死ねるように、恐怖を知らずに死ねるように。
 ほんとうにそんな理由だったんだろうか?
 ざくざく、ざくざく、ざくざくざくざく。出水を切り刻む。トリオン体は痛覚を切っていて痛みを感じないはずで痛みを感じない体だから肉体のはんぶんをうしなっても出水が平気な顔をしているのは当たり前のことなのだけれど慶は、出水公平は、キチガイだなあと思う。なにも感じていないはずがないとおもうのだけれどほんとうに、出水は慶の目の前で、まったくなにも感じていないような、いっそ無垢と言ってもいいような目で、慶の暴虐をそのまま、「フツーに」うけとめている。ばかみたいだと思う。ばかみたいでときどきつらくてうんと楽しい。出水が痛みを知らない苦しみを知らないかなしみをしらない恐怖をしらないようすで慶の前にいるのはちょっとだけ悲しくてうんと楽しい。だから慶は出水にだけこれをする。国近にも唯我にも、迅にも風間にも、こんなことはやらない。
 ざくざく、ざくざく、ざくざく、ざくざく、くりかえしくりかえし、いったいいつまで、こんなことを続けるのだろう。
 こういうのを退廃と呼ぶような気もする。朝から晩まで慶は出水を切り刻み、出水は笑って慶に切り刻まれている。夕暮れどきになってようやく腹が減ったとぼんやり思う。
 料理ができるようになった。
「出水を毎日刻んでるから、なにを切るときも出水だと思えばいーやと思って」
「やなこといいますね」
「やなのか?」
 出水は肩をすくめる。「実をいうとそうでもない」出水はそういい、慶は、だろうな、と答える。そもそも出水はつらいとかいやだとか気持ちが悪いとか変態だとかいう感情をぜんぜん顔に表さないから、慶のするがままに任せているから。でもそもそもそういう能力が欠如しているのかというとそういうわけでもない。出水は「友達」、たとえば米屋陽介だとか、といるときはフツーの男子にみえる。特別なところなどなにもないフツーの男子としてわいわいと暮らしているように見える。そして慶の前でもやっぱり出水はフツーの顔をしていて、けれど慶のまえで出水がフツーの顔をしているということ自体がおかしいといえばおかしい、だってここで行われていることは、フツーでは全然ないから。フツーの顔をしているなんておかしいことなのに出水は、「友達」といるときと同じ顔をしてなにもとくべつなことは起こっていないかのように平気な顔をして慶の目の前にいて、たとえば体をまっぷたつにされていても、ただたんに笑っている。なにも起こっていないかのように。
 つまり出水公平はいつも、「普通」だ、そのまま、「普通」のままで慶のまえに転がり込んでくるから、慶は、ふーん、みたいな顔をして、じゃあいいか、みたいな顔をして、ジャージでコンビニに行くみたいな気軽さで(でも慶はジャージでコンビニには絶対に行かないのだけど)、出水をざくざくと殺してしまう。
 まず出水を用意します。
 それから出水を殺します。
 おしまい。
 まあでも実際にはえーと、殺すところまでいくとベイルアウトしてしまって面倒だから、なにしろそこは慶の部屋であって訓練室でもなければオペレーション室でもないから、ほんとうに殺してしまうわけではない。トリオン器官は破壊しないし首も飛ばさない。出水はトリオン量が多いからトリオン切れで死ぬことはなくて急所さえ外せばぎりぎりまで生かしておくことができる。だから足から順番に切り落としていって胸ぎりぎりまでばらばらにして内蔵をひとつひとつそいでいって腕を切り落としてそんなふうにして、首だって半分だけ落としてみたりして、そうしてこわくないのかと尋ねると別にと答える。
 おれを信頼しているということなのかそれとも、と、慶は思う。
 そういうことなのかもしれないしそうではないのかもしれない。出水と同じくらい、慶の感情もとらえどころがなくふわふわしていた。たぶんだからこそ慶は出水を殺して/殺さない程度に、こうやって、ざくざくを繰り返している。
 ふと空虚な気持ちになって換装を解いたら腹が減っていた。慶は、ずたずたのばらばらになってそれでも生きている出水を置いて、部屋をあさった。うまい棒が出てきた。うまい棒の包みを剥いて食べた。ぱさぱさして、妙に濃い味がして、食べたような食べないような、空腹は満たされないままだった。
 出水、と慶は呼んだ。
「幸せ?」
 出水は答えた。
「んなわけないでしょう」

 料理の話だったっけ?

 そうそう、料理の話、出水をざくざくするようになってから、料理をするようになった話。それまでは料理をさせてもらえなかった。したことが全然ないわけではないのだけれど、慶は料理をしている最中にぼんやりと考え事をしてしまう癖があって、とても危ないからといって止められていた。実際指を切ったり鍋を焦がしたりフライパンが炎上したりといったことを何度かやらかしたので、なるほどなあ向いていないんだなあと思っていた。そんな苦労と危険を冒してまで料理をしたいわけではなかったからあっさりと慶はそれをやめた。ほかにしたいことはいくらでもあった。フルーツグラノーラからフルーツだけ食べるとか。
「それが出水虐殺はじめてから、このイモは出水だ、この肉も出水だみたいな」
「あんたそれヘンタイですよ」
「おまえ気にしないだろ」
「おれ気にしませんけど。それ他で言わないでね」
 まるでやさしい姉のような口調で出水は言い聞かせた。慶は笑った。
「独占欲っぽい」
「それでもいいですけど。ていうより、ウチの隊ヘンタイでやばいみたいな話になったら迷惑でしょ」
「だれの」
「ボーダーの。……広報とかの」
「アラシヤマ」
「漢字で言ってください」
「カタカナで言いました」
「バカのふりやめて」
「おれは馬鹿だよ、みんなそう言う」
「太刀川さんはバカではない」
 笑って出水は言った。出水はそのときバラバラだった。上半身と下半身が真っ二つになっていて、その下半身はいくつもに分断されていた。はしのほうから慶ははじめた。足首を落として、足を落として、腰を落として、腹を落とした。そうなっても出水は大丈夫だった。出水の膨大な量のトリオンが流れ出して部屋中にもくもくと溢れていた。慶は、幼馴染の月見蓮に頼み込んで、出水のトリオン流出が本部に観測されてアラートされないようにリモートコントロールするシステムを作ってもらっていた(実際にはたぶん月見じゃなくて月見が親しくしている開発室かどこかのだれかが噛んでいるのだと思うけどとにかく月見に頼んだ)。太刀川くんはいつもおもしろいことをやっているのねと月見は嘲りと愛をこめて言った。たぶん両方だったと思う。
 ずっと小さい頃は月見蓮とこういう遊びをやっていた。切りつけるとか怪我をさせるとかそういうことじゃなくて、ごはんを我慢するとか、新しい悪口を延々と考えるとか、逆立ちをしてどれくらいしつづけていられるかとか、そういう、「自分を鍛える」。おやつを食べずに近所の犬にやっていることがばれたとき叱られて、そのとき月見はまるで大人のように、こういうことはもうやめましょうね、と慶に通達した。そうして彼らがボーダー隊員になるまで、「自分を鍛える」はおあずけになった。慶はぼんやりと暮らした。ある日大きな怪物がやってきて慶をさらっていこうとするまで、そうして慶に忍田真史が与えられるまで、「自分を鍛える」はおあずけのままだった。
 どうしてだかよくわからない。慶は忍田真史を手に入れて幸福になり、月見蓮は月見蓮で楽しくやっているようで、彼または彼らの生活は十分に満ち足りていたはずなのに、どうしてこういうふうになるのかわからない。月見は三輪隊のオペレーターに収まり、子供たちを眺めるのはそれはそれは楽しいと嘯く。月見は「自分を鍛える」の第一線から退いてしまったみたいに、「自分を鍛える」をいままさに愉しんでいる子供たちを眺めてまるで保護者みたいな顔をしている。慶はといえば、慶は、慶はどうだろう、忍田真史は忙しすぎて稽古をつけてくれないし、A級一位は不動だし、迅は黒トリガーを手に入れてさっさとランク戦から出て行ってしまったし、慶はいまほんとうに退屈で、そして目の前には出水がいる。
 これは「出水を鍛える」なのだと思う。
 出水くん、出水くん、死ぬのは怖いですか。怖くないようになったほうが、たぶん人生は楽しいよ。ごはんを我慢するとか、逆立ちを何時間できるかとかね、そういう感じで、体どんどんなくなっても、おまえはトリオンキューブを作り出してアステロイドやバイパーを飛ばす、そういうふうだといいね、死ぬぎりぎりまで戦って、死ぬ直前に戻ってきてね。殺されるのを怖がらないでね。出水くん、出水くん、殺されるの怖くないですか。ほんとうに?
 でも出水公平は最初から、慶に出会った最初のときから、なにかを恐れる回路が全部欠落しているようにも思えるのだった。「鍛える」をやっても、なんの意味もないみたいに。
 そうだとしたらここで行われていることはなんなのだろう。
「おれは馬鹿だよ」
 もういちど慶は言った。出水はひどくやさしい目つきで慶を見ていた。やさしい、やさしい、おねえちゃんみたいな視線。月見蓮もそうだった、年下なのに、慶を見るときおねえちゃんみたいな目つきをする。それはたぶん慶が馬鹿だからなのだろう。しじゅうぼんやりして、べつのことを考えている。なにを考えているのかというと、「自分を鍛える」についてだ。
 料理の話だったはずだった。
「とにかくおれは料理ができるようになった」
「おれを刻んだおかげで?」
「そう、そういうこと」
「よかったんですかね、それ」
「よかっただろ。料理できないよりできたほうがいいだろ、できることは多い方が、いいだろう」
「どうすかね、おれは料理とかできる必要を感じない」
「飯どうすんの」
「買ってくりゃいいじゃないですか」
「買えないとこもあるだろ」
「そんなら死にます」
「死ぬの怖くねえの」
「怖くなくしたの誰ですか」
「おれではない」
 慶ははっきりと言った。出水は腹もないのにはははと笑った。でも本当だった。慶は出水に死を忘れることを教えようとしたけれど、教える必要なんかそもそもなかったのだ。出水はそもそもさいしょから死なんか知らないのだ。死を知らないし、死を恐れることも知らないし、どんなふうになにかを殺しても平気な顔をしているし、真っ平らにされた地面の真ん中で平気で笑っているし。

 真っ平らにされた地面の真ん中で平気で笑って「なんにもなくなりました」と出水が言った。

 ふとフラッシュバックのように、記憶がよみがえって、慶は、出水はかわいいな、と思った。遠征先での記憶だった。慶のチームはもうずいぶん長いあいだA級一位をマークし続けていて、だから遠征にも何度か出かけている。ここにいるこの子供を連れて遠征に出かけていく。そうしていろいろな手段で近界印のトリガーを手に入れて、その手段のなかには殺害もあるし殺戮もあるし虐殺もあるし大量虐殺だって含まれる。出水公平にはなんだってできる。死角から飛ばした追跡弾で闇討ちすることもできるし大火力でその場を更地にすることもできる。そうして出水はいたって無邪気な表情を浮かべて慶を見て、「なんにもなくなりましたよ、太刀川さん」と言う。褒められることすら待っていない、やって当然という、得意げな表情を浮かべて。
 殺す必要なんてない。死ぬことを出水は恐れていない。だから殺す必要なんてない。
 ただ慶が殺したいから殺している。それだけ。
 慶は手を差し出して出水の頭を撫でた。出水の頭は半分取れかけていて(それだって慶がやったのだけれど)、頭を撫でると首の傷がぱくぱくと動き、出水は笑って「なんかすうすうする」と言った。出水の体はとれかけた頭と胴体の半分だけになっていてあとは全部ばらばらで、慶に撫でられても喋る以外のどんなリアクションも取ることができない、無抵抗な存在になっていた。だから慶はそのとき出水にキスをした。出水からあらゆるものを奪うために、最後の手段として、出水の頭を撫でてそうして転がった出水の死にかけている体にかがみ込んで唇に唇をおしあてた。
 出水は目を丸くしていた。
 慶はそのまま立ち上がって、キッチンに向かった。出水の潤沢なトリオンが流出してゆくままに任せて、部屋がトリオンの煙で満ちてゆくに任せて、冷蔵庫をあけてキャベツを取り出した。ひとり用の土鍋を取り出して、切ったキャベツを入れた。水を足して、だしの素も入れて、火にかけた。米を研いで炊飯器にかけた。あと塩豚、塩をまぶしてラップして冷蔵庫で寝かせておいたものを取り出して、それを切った。出水を切ることを考えながら切った。ざくざく、ざくざくざくざくざくざく、キャベツも塩豚も出水だった。慶は出水を切り続けていた。そうして出水をぐつぐつ沸き立つ鍋に入れて煮た。楽しい楽しい楽しい、結局楽しんでいるのは慶だということになる。出水になにかを教えたかったなんて嘘っぱちだ。自分を鍛えるなんて嘘っぱちだ。慶は楽しんでいるのだ。慶が、楽しんでいるのだ。けれど、なにを。
 そもそもどうして慶と月見は「自分を鍛える」をやっていたのだったか、慶は、月見に聞いてみなくてはならないと思った。どうしてだっただろう。ただ覚えているのは、あれをやっているときとても満たされた気持ちだったということだ。「自分を鍛える」ために食事を抜いて空腹を抱えながら空腹を紛らわせるために月見としりとりをやっているときなんかに感じていたあの妙に満たされたあの感じ。それから忍田。忍田に稽古をつけてもらって何度やっても勝てなくて勝てない勝てないと思っているその、勝てないことそれ自体に妙に幸福感があった。もちろん勝ちたかった、それはそうだった、けれど勝てないこと自体、突破口が切り開かれる瞬間さえ見えないあの感じ。それから迅。迅にじりじりと勝ち越され始めた時のあの焦りに似た感覚。焦りそのものではなかった。負けても慶は全然構わなかったから、焦りそのものではなかった。負けること自体が問題だったわけではなかった。
「太刀川さん」
 声が聞こえた。
「太刀川さん、吹きこぼれてる」
 は、と慶は現実に戻ってきた。考え込んでいた。また考え込んでしまっていた。慶は考え事をするのに向いた頭を持っているわけではないのにどうしてこうやってときどき考え込んでしまうのかよくわからないとおもいながら慶は火を止めた。豚に火は通っていた。振り返る。出水、と呼んだ。
「出水。帰ってこい」
 出水はため息をつくように笑った。
「おれが遠くに行ったんだとしたら」
 出水はときどき俯瞰した声を出す。出水は遠くにいるような気がする。その感覚はあれらに似ている。月見。忍田。迅。そこにあったあの感覚。遠くにあるものに指を伸ばしている感覚。
「おれが遠くに行ったんだとしたら、それはあんたが行かせたんじゃないですか」
「そうかもな」
「おれは遠くに行きたいなんて言った覚えはないのに」
「ほんとうに?」
「……ないですよ」
「嘘だ」
「嘘じゃない、……です」
「いーや嘘だ、おれは知ってる。おまえは遠くへ行きたいんだ」
「なんで知ってるんですか」
「隊長だから」
「理不尽だ」
「あとおまえより年上で、あと、おれは『自分を鍛える』をやってきたからな」
「なんですか、それ」
 タオルを敷いた上に鍋を置く。買っておいた茶碗ふたつに飯を盛る。箸を差し出す。そこまできてやっと出水は換装を解いた。魔法のように元通りになった体を出水は起こした。転がっていた腕も脚も消滅してそこに全身揃った出水公平がいて、いつもどおりださいTシャツを着てうすっぺらな体をして、ほんとうにフツーのガキだよなと思う。いつもそう思う、ほんとうにこいつはフツーのガキだ、それ以外の何でもないように、思えるのに。
 鍋をつつきながら飯を食った。月見とやった「自分を鍛える」の内容をひとつひとつ説明してやると、出水はけたけたと声を立てて笑い、バカだバカだと盛大に騒いだ。
「おれは馬鹿じゃないって言ったのはおまえだろう」
「太刀川さんはバカじゃないですけどね、ガキはバカだなやっぱ。それで何がしたかったんです?」
「強くなりたかったんじゃねえの」
「はあ。そうやって太刀川さんは強くなりましたと」
「そう」
「はー、なるほどねえ。努力したんですねえ」
「馬鹿にしてるだろ」
「いまのは、してました」
 くすくすと笑いながら米の上にのせた豚をつついている出水がいる。その豚はさっき慶が出水だ出水だとおもいながら切った豚だ。出水が出水を食っている。「うまいですねこれ」出水が出水を褒めている。
 ――強くなりたかったんじゃねえの?
 とつぜん、答えが見えたような気がした。強くなりたかったのだ、慶はいつも。どうにかして、何らかの方法で、ブレイクスルーする突破口を探している。負けることは怖くない。死ぬことも怖くない。けれど強くなりたかった。だから自分を鍛えた、だから戦いに挑んだ、だから自分を倒すかもしれない相手がそこにいるとわくわくした、だからいま退屈していて、だからいま、
 だから出水を殺そうとしている。
 自分を強くするために。
 つまりそれは。
「あのさあ」
 慶は言った。出水はようやく笑いおさめて、豚とキャベツをいっぺんに口の中に含んだところだった。ちょっとまってくださいというしぐさで箸を持った手を慶に向けてくる出水にかまわず慶は言った。
 出水公平は死ぬことを怖がっていない。だから出水を殺しても出水を鍛えることにはならない。出水公平はなにも恐れていないし、なにも求めていないし、すでに十分に強いし、だからなにひとつ必要がない、ただ彼はひとりでもっと強くなるだろう、もっとシューターとして成長してゆくだろう、でもそれは出水にとっては自然なことだ、だから慶は、出水を、強くするために、出水を殺しているわけではない。だって出水はそんなことでは強くならない。出水はもっと単純な生き物だからそんな方法では強くなれない。出水の精神はそんなことでは影響を受けない。
 つまり結局のところ、慶なのだ。
 慶は慶のために、出水を殺しているのだった。
 慶は出水が死ぬことで強くなっていくのだった。つまりそういうことだった。出水が傷ついたり壊れたり死んだり死んだり死んだりしていくたびに慶はどんどん強くなっていくのだ。そのために出水を殺している。そういうことだ。出水が死ぬと慶が強くなる。
 つまり。
「おれ、おまえのことが好きみたい」
 出水は目を丸くしていた。口に豚とキャベツを含んだままで。



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