夏目漱石なんか読むんだと言われた。はいと答えたけれどべつに夏目漱石が好きだったわけではなかった。オペレーションルームに置き去りにされていたからなんとなく回収しただけだった。なんとなく回収して、これがもし菊地原のものだったらなんで勝手なことをするのかと叱られるのだろうなと思った。
 服を脱いだ。そうしてホテルで服を脱いだ人間がやるようなあらゆることをやった。体をひっくり返されたりまたひっくり返されたりして舐められていかされてもう一回いかされて遼は声をほとんど上げなくてでもそれは気持ちが良くないからではなかった。気持ちが良くてもうまくことばにできなくなっていた。うまく言葉を上げたいからたぶんこうやってこんなことをやっているにもかかわらず遼はうまくことばを上げることができなくてそれでもべたべたに啜られていると体は痙攣するし声にならない引きつった呼気が喉から漏れていくのもたしかで相手は遼が声を上げなくても欲情しているようだった。なかに突き入れられるとそこはもう快楽のための器官でしかなかったような、そもそもさいしょからそうでしかなかったような、うめき声に似た収縮をして相手は、遼のことを淫乱だと言った。そうかもしれなかった。そうかもしれないしなんだって、うまくできるからこんなことさえもうまくいくという、それだけのことかもしれなかった。
 金をくれと言ったことはないのだがいつもなにがしかの金を貰う。いきすぎて体がふらついてうまく立てない遼を置いて男は去っていく。さようならと言って去っていく。三門市を遠く離れたこの場所でいま収集がかかったら遼は三門市にかけつけることができない。だから菊地原は遼を叱るだろう。風間はなにも言わないだろう。三上はとりなしてくれるだろう。そして誰ひとり遼がそこでなにをしていたか知らない。遼はそのことで笑いたいような気がした。笑わなかった。笑うことができないので遼はぼんやりと、自分は傷ついているのかもしれないと思った。自分が傷ついているのならどういう理由なのだろうと考えてそれは自分が愚かだからなのだろうという結論に達した。遼はぐったりと力が抜けた自分の体の奥がずくずくとまだ呻いていることについて考えた。遼は淫乱で男が好きで男に抱かれなければ生きていくことができないのだとしたら良いなあと遼はぼんやりと考えた。それはとても良いことのように思えた。
 べつに遼はなにをうしなってもたぶん生きていくことができるので(風間や風間隊をうしなってもたぶんそうだろうと思えるので)その架空は良いことなのだった。
 うまく起き上がることができたら、と遼は考えた。もらった金を持って本屋に行こう。そして同じ夏目漱石を買おう。そして新しいほうをオペレーションルームにおいておこう。ばれるかもしれないし、ばれないかもしれない。とにかく古いほうの夏目漱石を隠し持っている遼になれたならそれはなにかを特別にできることかもしれなかったから遼はそれをやるために、起き上がりたいと思った。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -