なにをそんなにいらだっているの? いいからわたしを犯しなさいな、ほら、遠慮なんていらないわ、繰り返したことじゃあないの、わすれてしまったの? ねえエネドラ。
 体が熱を持ってだるい。じくじくと芯から痛むからだをかかえながらミラはあゆみをすすめ、そうして限界が来てそこに膝をついた。けれど生身の体で抱かれることに意味があったのでミラはそれに満足していた。壁にもたれかかって息をつく。ミラはそれはそれは満足していて、だからそこに子供が現れたことにほとんどいらだちしか感じなかった。ミラはエネドラではないので、壊れつつある肉塊とは違っていたので、そのいらだちを表層に表すことはなかったが。
 大丈夫ですか、と不器用に言って手をさしのべてきたヒュースの手を、結構と言って振り払うことは簡単だったが、ミラはそれをしなかった。それは冷静さを欠いたふるまいのように思えたためだった。ミラは差し出された手をとり、少年の肩を借りて立ち上がった。ふらつくミラを賢明に支えようとする少年を俯瞰するように眺めながらミラは、なぜこんな子供の肩を借りなくてはならないのだろうと思った。ミラを抱き上げることさえできないこのよわよわしい子供の肩を借りてまで、立ち上がったり歩いたり、しなくてはならないのだろうかとミラは思い、……そして、あたりまえのことではないかと思った。もちろん立ち上がらなくてはならないし、もちろん歩かなくてはならない。
 ミラの部屋はエネドラの部屋とは別の棟にあった。そこまで歩くことは、ミラにもヒュースにも不可能だった。だからヒュースは必然的に、ヒュースの部屋へとミラを運んだ。
「ウィザ翁やハイレイン隊長には内密にね」 そう言ったとき、ヒュースはほとんど侮辱されたというような顔をした。「報告をしないわけにはいきません」そう、厳格な顔をして子供は言った。ミラは小さく笑った。面倒なことだと思ったが、報告をされたからと言って何の不利益があるわけでもなかった。ただのエネドラのいつもの逸脱だ。エネドラの死期が少し速まるだけのことだ。ミラの落ち度はとがめられないだろう。なにしろミラとエネドラは恋人どうしだったのだから。
 角付に自由恋愛などという感情が認められるものならば。
 恋人同士だったのだから気づかなかったで済まされる問題だ。気づかなかったので強姦されてもそれが愛なのだと思いましたで済まされる。ミラは逸脱していない。ミラはなにひとつ逸脱していない。……はずだ。
 ヒュースの寝台に横たわり、ミラは天井を見上げている。自分の胸が上下しているのがわかる。さきほどエネドラの指で乱雑に扱われまるで肉塊のように虐げられていた胸がそこにある。
 しかしエネドラのなかにはまだ知能と理性が残されている、そうミラは思う。
「わたしが誰とこれを行ったか、あなたは理解しているの?」
「……いえ」
「わからないの? もちろんエネドラよ」
 ヒュースは小さく息をのみ、そうして苦い声で、「あの蛮人」と罵った。ミラは声を立てて笑った。すばらしい感性だ、と思った。みじんも損なわれていない。この子供はまるで角の浸食を受けていないように思える。子供のように見えるけれど適合しているということは浸食を受けていないわけではないはずなのに。それはおろかなことだった。浸食を受けていない子供は子供であり未熟であり無知であるからおろかだった。そしてそれゆえにヒュースは善良だった。なんの問題にもならない。ミラは、回顧する感情で、ヒュースを見た。かつての自分や恋人を見いだそうとする感情で、ミラの無惨に本当に胸を痛めているらしい愚かな少年を見た。
 ヒュース、とミラは少年の名を呼んだ。そこにいるのが彼である必要はなにひとつなかった。彼はただのオーディエンスだった。オーディエンスに向かってミラは笑い、
「わたしはあの男が大嫌いよ」
と言った。
「判ります」
 そう、苦い声で、ヒュースは言った。ミラはまた笑った。気分が良かった。
「粗暴な男だと思っているのでしょう。わたしもそれを確かめてきたところよ。いやらしいわね。わたしはあの子がすっかり嫌いになってしまった」
 これは、この陵辱は、むしろエネドラの理性によってもたらされた残虐だった。ミラはそれをきちんと確かめた。ミラの体をあつかう指のなかに含まれる理性と狂気の配合の割合を確かめていた。そのためにミラはエネドラに犯されたのだった。エネドラはいまやミラを憎んでいる。いや違う、そうであればよかったのに、いっそそうであったらそれは快楽であったろうにエネドラが憎んでいるのはもうミラですらなかった。エネドラは世界すべてにいらだっており、ただそこにミラも含まれているというだけのことだった。
 ああエネドラ、わたしはいつまであなたに抱かれることができるのかしら。そうしていつから、あなたはわたしを単に犯すようになるのかしら。いつわたしは、あなたに指をふれるだけで寒気を感じるようになるかしら。あなたを視界におさめただけで吐き気を催すようになるかしら。そうしていつかすべては消滅して、わたしにとってあなたは何の特別さも持たない存在になり果てる日が来るかしら。それはひどく幸福な未来のように思えた。なんというすばらしい物語を生きているのだろう。そう思ってミラは笑っている。
 ヒュースが、不可解なものを見る目で、ミラを見つめている。
「ねえ不思議ねヒュース、おかしいわ、わたしあの子を愛しているつもりだったのに、今では、嫌悪しか、感じないの」



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