あの日の話から始めましょうか。そう、わたしたちはもう長期的な病となるそれを頭に植え込まれたあとの選ばられた存在であり長期的に廃棄される存在であることを既に知っていた。わたしたちは刑場にいた。ハイレイン隊長はお優しかったわ。わたしたちが並んでいること、手をつないでいること、内心の怯えを隠すことができないでいることを許してくださった。わたしたちは手をつないで棒立ちになったまま、目をそらすことができずに、黒角の、しかしもはや人間の形をした猿でしかないその、廃棄される男が、凄惨に処刑されてゆく姿をみつめていた。そうしてわたしたちは理解した。わたしたちはもはや死んでいるのだということ。死んだものによって作り出されたわたしたちもまたすでに死んでいるのだからなんの権利もなにひとつないのだということ。そうしてそれはただ単に受け入れるべきなのだということ。あなたは聡明だった。わたしもまたそうだった。わたしたちはゆるやかに微笑み合った。わたしたちはそうして運命を受け入れた。
 わたしたちは仲の良い子供であり、いずれ仲の良い大人になった。わたしたちは褥をともにするようになった。世界はひどく美しく、部屋は小さく狭く、わたしの体は十全にあなたをうけいれるために成長し、そうして感情は消えていった。わたしたちはどんどん聡明になっていった。
 そして黒角たちは次々に狂騒していった。
 醜いとわたしは思った。醜いものがわたしは嫌いだった。あんなふうになるまえに死ぬことができたら幸福だろう。けれどそれはきっとかなわないのだということも知っていた。だからそれは甘言にすぎなかった。むつみごとにすぎなかったのだ。
「わたしが狂ったら、あなたわたしを殺してくださる?」
 あなたは笑い、それを承諾した。わたしも笑った。まだ笑うことができた頃の話だ。
「あなたが狂ったら、わたしはあなたをかならず殺してさしあげるわ」
 わたしたちは聡明だった。聡明で優秀でそしてとても怯えていた。あなたはゆっくりと緩慢に狂っていった。あなたは逸脱をはじめた。あなたはわたしを犯し、わたしを侮辱し始めた。あなたは泣き喚き、はやくおれをころしてくれと言った。それはできないわとわたしは言った。それを決めるのはハイレイン隊長であり国であってわたしではなかった。わたしにその権限はなかった。かわいそうなあなた。そんなことも忘れてしまったなんて。わたしはあなたを殺す権限などない。あなたを殺したらわたしも逸脱してしまう。狂気の中に飲み込まれてしまう。わたしはまだ聡明だった。もはや愛を忘れかけていても。
 苦しい。頭が痛い。もう嫌だ。なにもかもがわからなくなる。こんなことをしたくはないんだと叫びながらあなたはわたしを犯した。あなたがわたしを犯したからあなたをにくんだわけではないの。あなたがわたしを愛する方法を忘れてしまった、あなたが先に、忘れてしまったの。あんなに聡明な子供だったのに。
 わたしたちはあんなに聡明な子供だったのに。
 わたしはあなたを捨てた。とても簡単に捨てることができた。あなたはもう猿だったから。
 わたしがあなたを殺すことを許してくださったのはハイレイン隊長の温情だわ。はやくあなたを殺したいとずっと思っていた。ずっとずっと、醜いあなたが嫌いだった。あなたをとてもひどいやりくちで殺したかった。あなたに痛みを与え、悲鳴をあげさせ、絶望のふちにたたせてそうしてあなたを殺したかった。あなたは廃棄されるのだとあなたに伝えたかった。あの日わたしたちが見つめていた廃棄物、あれがどうしてあのような凄惨な死を迎えなくてはならなかったのか、いまのわたしは完全に理解しています。それは愛なの。あなたが優秀であれば優秀であるほどそれは愛なの。あなたが優秀でも聡明でもなくなってしまったことの罰を与えることは愛なの。
 わたしがもはや死につつあることをわたしは知っています。あなたがもはや死につつあることをあなたがかつて知っていたように。わたしはもはや聡明に過ぎる。わたしの感情は死滅してしまい、人間の範囲を逸脱している。そしてあなたがそのことを、人としての死を恐れる感情を、泥のなかに置き忘れてきたことは幸いだわ。あなたはわたしや隊長を憎むこともできないまま廃棄されてゆく、自身が廃棄されるレベルにまで壊れてしまったことを、あなた自身もちゃんと覚えている、どうして死ななくてはならないのかと、最後まで一言も言わなかったことだけは、褒めてあげる。
 わたしは「泥の王」に口づけをしている。もはやあなたではなくなったあなたに。そもそもはじめからあなたではなかったあなたに。
「エネドラ、ようやくあなたを開放できた」
 わたしのなかにかすかにのこった人間の部分が、あなたの最期をわたしにくださったハイレイン隊長に感謝しています。そしてわたしの人間の部分もまた死んでゆき、わたしもいずれあなたのようにひとのかたちをした肉塊に成り果ててゆくのでしょう。さようならわたし。
 そして愛した人よ。



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