爆撃を終えた街を歩いていた。
 街はとてもクリーンで、それは人間と名のつくものはなべて四角いかたちに変化させられたあとだからなのだった。死体のない廃墟と化した街をハイレインとランバネインは散策していた。それはただの散策だった。その街にはもうだれもいなかった。簡単な、ごく簡単な侵攻で、それはほとんど休暇に似ていた。そうだ、休暇を、美しい空が青く広がっている休暇を、ハイレインとランバネインは取っていたのだった、その、ものみなすべて壊れ果てた、街で。
 あっさりとすべてを壊してしまう弟を、ハイレインは、健全だ、と思った。ハイレインの目にいつも、そこにいる体の大きな弟は、健全なものとして映った。彼は手をのばし、弟の手を握った。ふふ、とハイレインは笑った。「なんだ、甘えん坊だな」はは、と弟も笑った。かれらは笑って、手をつないで、あしもとに転がる砂礫をざくざくと踏みながら、青い空の下をどこまでも歩いて行った。
 優秀な血を混ぜ合わせて作られた、優秀な子供を、親のない子供を、作り出してそうして角をつける。類似の遺伝子情報を持つ子供たちのなかで、角に適合せず死んでいった数多くの子供がおり、ハイレインとランバネインだけが生き残って、だからランバネインはハイレインを兄と呼ぶ。優秀であっておめでとう、生き延びておめでとう、おれより早いシリアルナンバーで不完全な遺伝子情報を背負って、それでも生き延びておめでとう。兄であるというのはそういうことだ、そして、そういうことでしかない。生き延びておめでとう。ハイレインという名前をもらっておめでとう。ランバネインの兄となっておめでとう。
 おめでとう、君は勝者だ。名前をあげよう。当主として神の国の英雄たらんことを。
 けれど、とどきどき、ハイレインは思う、この健全な魂を持つ男のほうがずっと、自分より優秀に、人の上に立つ資質がある、そうではないのか?
 ざくざく、ざくざく、ざくざく、迷いなく、なにもかもを壊せと命じるハイレインのなかに、ほんのわずかなぶれがある。
「好きか」
 ハイレインは尋ねる。ランバネインは忠実な動物のように首をかしげて笑っている。
「壊すのは好きか」
「好きだな、気分が良い」
「そうか、それは、良いことだ」
「そうか? 兄上にそう言ってもらえるなら、結構なことだ」
 その時代がかった物言いに、ハイレインはついくすりと笑みを漏らしてしまう。良い冗談のつもりで口にしていることは、ランバネインがははは、と笑うから、すぐにわかった。スケープゴートを命じられ、殺戮機械として育ったものたちを率いて旅立ち、そして戦いのさなかで「仲間」を潰して、神の国が神の国たらんことを、当主として神の国の英雄たらんことを、優秀な殺戮機械たらんことを。誰が願っている?
 神が。
 けれどハイレインは、おそらく神はこの世に存在しない、そんなことを考えている。
 ハイレインに存在するのは神ではなく。
 ざあっ、と、砂塵混じりの風が吹いた。ランバネインはほとんど反射的に身を動かし、その風からハイレインを守った。ごく自然なしぐさでそうして、それから振り返って、愛しいものを眺めるように笑い、やはりごく自然なしぐさで、ハイレインの髪をそっと撫でた。おろかだな、とハイレインは思った。おろかだな、と思い、けれどそれは、正しくはなかった。ランバネインが忠義ではなく愛のために、ハイレインがランバネインの兄であるからこそそのために、そのように風避けとしてふるまいあるいは弾避けとしてふるまっていることは、おろかだと表現したいけれどまったくおろかなことではなかったがゆえに、ハイレインはほとんど涙をこらえるような感覚とともに、俺の弟はほんとうに、おろかだ、と、思ったのだった。
 ハイレインはかがみこみ、そこできらきらと輝いていている、小さなものを拾った。歪んで潰れた指輪だった。きらきらと光る宝石が、青空の下でまばゆく輝いていた。ハイレインがそれをランバネインに無言のまま渡すと、ランバネインはそれをいじくりまわしたあとで、「ほら」と言いながら、ハイレインの手を取った。小指にそれが差し込まれた。
「細い指だな、簡単に入る」
 はは、とランバネインは笑い、ハイレインもまた、ははは、と、笑った。形の崩れた壊れかけの指輪が誰のものだったかなど、彼らにはもうどうでもいいのだった。ははは、とかれらは笑っている。そこは廃墟と化した街で、彼の弟が壊した街だ。そこは人影のない街で、数時間前には平凡な幸福を生きていた人間たちはなべて、四角いかたちとなって眠りについている。兄である彼がそれを命じそれを行った。かれらは神の国の子で、それらはすべて神のための行いだ。しかしハイレインは、自分が神を信じていないことを知っている。青い空がそこにある。彼らは真っ青な空の下で焦土と化した異国で美しい宝石のように、笑っている。
 ハイレインのなかにほんのわずかなぶれがある。たぶんそのほんのわずかなぶれは、彼の弟が彼の目にひどく健全に映るから、美しいものとして映るから、そうして彼が弟を愛しているから、たぶん、そういうことだった。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -