朝日の色が奇妙だと思ったら、霧が立ち込めているのだった。透は窓をあけ、霧を眺めている。そこは当真の部屋で、当真はまだ眠っていた。
 いつも透は当真が眠っている間に当真のものをたかぶらせ自在に扱った。当真は途中で目を覚まし、だるそうな表情に少し愉快な色を浮かべて、だらんと寝転がったまま透のするままに任せていた。だからそれは透の行為であって当真の行為ではなかった。当真の行為では一切なかった。
 そもそもどうしてこんなことをはじめたのだろうと透は思う。
 当真に勝ちたかった。違う、それもまた違っていた。当真に腹を立てていた。それは少し近い。当真が手に入らないのが腹立たしかった。同じ土俵に立てないのが腹立たしかった。透はいつも、ほしいものを手に入れてきた。それは手に入らないものを欲しがらないということでもあった。そしていま、透は首尾よく当真を、当真の体を、手に入れている。……手に入れている、はずだった。
 霧が、部屋のなかにもまぎれこむ。視界が曇って見えなくなる。透は、防爆とした部屋のなかで、当真の眠るベッド、二段ベッドの下の段にもぐりこんだ。当真をおしやって、狭いところに無理矢理に体を割り込ませた。そうして当真の体にそっと指をもたせかけ、当真の肩に肩をもたせかけた。目を閉じた。当真はそこにいた。まだ眠っていた。
 透は体を起こした。当真はそこにいるということが、どうしてだろう、とほうもなく寂しかった。
 朝日の色が奇妙だった。黄色いなにかがぼんやりと、霧の向こうに浮かんでいた。透は起き上がり、ベッドの手すりに腰をかけた。当真さん、と小さな声で囁いた。それは甘く響いた。今日は霧が出ている、当真さん、あやふやなままでなにもかもが、失われて損なわれて弾け飛んで消えていってしまえばいいと、俺はそんなことを願っているんだ。
 俺は本当に、そんなことを願っているんだ。

 小さなワンシーン。
 当真がボーダー基地の食堂にやってくる。夕食を摂っている透の程近くに陣取って、けれどふたりはお互いの存在を完全に無視している。ひとりで食事を摂っている透も、隊員と食事を摂っている当真も、お互いの存在をまったく気づいていないふりをして、しかし完全に、そこにいると気づいている。気づいていながら、透は知らないふりをして、食事を終え、立ち上がる。
「奈良坂」
 声が響く。
 透を操ることのできる声が響く。ふいをつかれた透が、かっと頬を、首筋まで染めていることに気づき、透はますます頭が混乱している。振り返ると、当真はにやにやと笑っていた。隊員はいつものことだという顔をしてそっぽを向いている。透は唇を震わせ、しかしなにも言葉にしないまま、黙り込んできびすをかえす。

 明晰なこと。真紅の太陽のように明晰なこと。

「当真さん」奈良坂は呟く。「当真さん今日みたいな朝は、なんでも素直に喋っていいように思える。あんたは眠っているといい。いつまでも眠っていて幸福であるといい。俺はほんとうはたぶんそういうことを願っている。霧のなかにまぎれていればなんだって言えるんだ。当真さん。……当真さん、俺はね」
 言葉は途中で途切れる。
「なんだよ」
 そして言葉が返る。奈良坂は小さく苦く、笑う。
「寝たふりをしていろよ。空気を読め」
「知ったこっちゃねえよ。つか、うるせえ」
 後ろから、しなだれかかってくるからだ。透の体に身を預けて、あたたかい、暑いとも言えるからだがそこにあった。透はふと息をつき、背中を支配している体にもたれかかった。
「好きだということだ。それだけだ」
 はは、と当真は笑った。「馬鹿か」
「そうだな。馬鹿なんだろう」
「てめえは馬鹿だよ、だけど俺はさ」
「なんだ?」
「待ってるのは得意で良かったと思ってる」
「……はは」
「スナイパーだからな」
「本当だ」
「いいものばっか見える」
「あんたはいいものしか撃たないから」
 らちもない会話だった。そうして引きずられるままに、透は当真のベッドに転がり込んだ。見上げるかたちで当真のベッドにいるのは、はじめてだった。ふ、と透は吹き出す。
 当真のベッドの上には、射撃の的が一枚、貼られていた。
 ジャンキー。ときどき奈良坂はそう思う。俺たちは射撃にとりつかれている。撃つことにとりつかれている。たぶん正義も戦争協力の義務も関係がない。待つこと。正鵠に撃つこと。それだけにとりつかれてここにいる。そうでなければこんなところまで来られるはずがないのだった。そして当真は神のように、中毒患者のあるべき姿を示していたからナンバーワンだった。
「当真さん」
 透は言う。なにを言うべきなのだろう、いつも、どんなときでも、どんなタイミングで、俺はあんたのものであんたは俺のもので俺たちはそうやって標的をみつめつづけてそうして正しい一撃を食らわせるのだということ、なにを言うべきなのだろう、あんたの頭をふっとばす正しい言葉はなんなのだろう、見つからないからいつも、いつだって、見つからないままだから透は、ただ陳腐でシンプルな言葉を、吐いた。
「好きだよ」



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