人を心から愛するという能力自体が欠如してるんじゃないですかとか、いつまでも子供のふりをしてよりにもよって子供に介護されて恥ずかしくないのとか、糾弾することは簡単で蓮のくちびるからいくらでもすらすらと出てくるしそれが楽しくないわけでもないのだけれど、ただ蓮は微笑んで、よかったわね、と言っている。よかったわね恋ができて、よかったじゃない。うん、と太刀川慶は言う。たぶんこれ初恋だと思うんだよな、といけしゃあしゃあと言うので、そうね、と蓮も言う。たしかに蓮と太刀川のあいだにかつてあったものを恋とか愛とか性愛とかいうカテゴリでくくるのは困難だと思ったから、そう頷いて、なんてこというのかしらこのお子様は脳みそ詰まってないんじゃないの、とは、言わない。
 蓮はかわいい男の子が好きなので、太刀川慶のことはとうのむかしに捨ててしまった。太刀川くんはもういらない、かわいくないから、蓮のかわいいお人形では、もうなくなってしまったから、新しい持ち主を自分で探しなさいね。かわいがったりいじめたり、上手にしてくれる持ち主を、お探しなさいね。そうして太刀川慶を片付けて、連は笑って「最近連れてるあのお人形みたいな男の子、わたしにくださいな」と師匠に言う。東春秋は笑い返して、「残酷なことを言う」と言い、そうして奴隷商人から買い付けたかわいい男の子と、その男の子が親しくしているちっちゃな子と、それからもうふたりかわいい男の子のユニットをひろいあつめて蓮は、かわいいかわいいチームを飼っている。蓮はかわいい男の子が好きなので、彼らが悩んだりくるしんだりいつくしみあったりときには少し憎んだりするそういうことが好きなので、だから蓮はいまとても楽しく日々を送っているのだけれど、子供はいつか成長してしまうし、そうしたら蓮はまた彼らを捨てることになるかもしれない。長いあいだ一緒に育ってやろうと思うことやりたいことはなにもかもぜんぶ一緒にやってきた、太刀川慶をあっさりと捨てた時のように。
 ああいいよ、と太刀川もまたあっさりと言った。べつにもともとつきあってたわけでもないし。実にあっさりと簡単にそうやっておしまいになった関係を、蓮は寂しいとは思っていない。べつにもともとつきあってたわけでもないし。もうふたりでいるのをやめるだけ、ふたりでするのをやめるだけ。
 なんでまたそれが沢村さんにつながるの、と、おもしろがる気配を漂わせて迅悠一がSkype通話で言った。迅悠一は同級生で、まだボーダーというものが世間に周知されていなかった頃同じ組織に所属する同い年として引き合わされ、主に勉強を教えることを言いつかって、当時なかば不登校児だった迅の家庭教師のようなことをさせられていた。その縁で迅は蓮の言うことはそれなりに聞く。彼のサイドエフェクトに抵触しない範囲において。
 もう沢村さんに触らないで、あれはわたしがもらうから。そう蓮は言ったのだった。
『月見、あのさ、沢村さんは、女の人だろ』
 心から愉快に面白がっているという口調で迅は言う。どこにいるのやら、背景でざわざわと酔客の声や客引きの声などが混ざっていて迅の声は少し、聞き取りづらい。
『月見の好きなものとは完全に真逆じゃないの?』
「失われないものをひとつくらいキープしたいのよ」
『まあ、沢村さんは男の子じゃないし、もう育ちきってるし』
「そういうことじゃないのよ」
 あの人のなかには男の子がいるの、と蓮は言った。一拍迅は黙り込み、それから、はははっと笑った。
「あの人のなかには男の子がいて、戦うことを楽しんだり、強いものに憧れたりしている。それはえいえんに失われない男の子なのよ。わかるかしら?」
『了解、先生』
「ものわかりがよくて先生も嬉しいわ」
『わかったわかった、沢村さんからは手を引きます』
「あなたももうかわいくなくなってしまって久しいんだからいいかげんに子供のふりをするのはやめなさい。醜悪よ」
『これは立派な作戦行動ですよ』
「ほかの方法を当たることね。醜悪で卑劣よ」
 迅悠一がセクハラをすることでなにをしているのか知らないわけではなかったが、ついでとばかりにすっぱり蓮は切り捨て、非常に気分が良くなった。迅は要するにボーダー隊員がそして上層部がどこまで自分を赦すか試しているのであり、自分がまだここで赦されることができるか試しているのであり、執拗に実力派と言い募ること自体もその一環で、つまり迅は自分のサイドエフェクトではなく迅悠一自身を赦しているボーダーという組織をずっと試し続けているのだった。小さな男の子のように甘えている。
 もう小さな男の子なんかでは、ないくせに。
 蓮はすっぱりと迅を切り捨て、気分が良くなった。蓮は迅を小さな男の子だと思ったことは一度もなかった。それは蓮の定義に含まれなかった。迅は出会ったばかりの子供の頃から、老成した目つきの、体の小さな、大人だった。
『オレをおまえが可愛がってくれたら良かったのに、あのころ月見には太刀川さんがいて、太刀川さんが捨てられたときにはオレも小さな男の子なんかじゃなくなってて、損したな』
 そんな言い方をする迅はその実蓮の尻を触ったことは一度もないので実際のところ蓮が彼をどう考えているかちゃんと、理解しているのだろう。
「現実を受け入れるのね」
 蓮はあっさり助言する。迅ははははといかにも軽薄に笑った。迅悠一が子供でいられる場所などこの世界のどこにもありはしないし、ゆえに彼は子供であったことはない。
 沢村響子のことを考える。
 沢村響子のなかに住んでいる、小さな男の子のことを考える。目を輝かせて忍田真史の戦闘を見つめ、うっとりと、本部長はやっぱり最強ね、と言う誇らしげな口調。忍田の隣に立つときの凛としたしぐさ。見つけてしまえば簡単だった。弧月を手に鋭い目をして戦っていた頃から、沢村のなかには少年がいて、それはもういいかげんとうのたったお年頃のいまになってもまだ失われていない。忍田のために前線を弧月をあっさり捨て、忍田のために特に好きでも得意でもない事務作業にも従事し、六歳も年下の蓮にオペレーションを師事し、そういうひとつひとつが蓮を興奮させる。それは少年の所業だと思う。沢村響子のなかには男の子が住んでいる。頭を撫でていい子ねと言ってやったあとでやさしい口調で残酷な言葉を投げつけて絶望させてやりたいような、少年が住んでいる。
「蓮ちゃん」
 ふふふふと笑った沢村がぱんと蓮の背中を叩いた。「蓮ちゃんって呼んでもいい?」
「いいですよ」
「ふふふ。蓮ちゃん蓮ちゃん蓮ちゃん」
 連呼して、ふにゃ、と沢村は机のうえに頬杖をつく。おいしいタルタルステーキを出すドイツ料理屋に来ていて、蓮は未成年なので(ボーダーという組織はそういったあたりとても厳しいし、なにしろ沢村は本部長派の先鋒だ)アルコールは一滴も口にしておらず、対する沢村はもうずいぶん杯をあけている。ゆっくりとできあがって、作りこまれた大人の顔が剥がれてゆくのを見つめているのは気分がよかった。飲酒して酩酊することを免罪されて他人の酩酊を眺めるのは未成年の特権だ。
 けれど蓮ちゃん、と呼ばれると、郷愁が胸に立ちこめて、いまそんなことを考えたくはないのにと蓮は思う。思って、なんだか少し苦しくなり、沢村の手を取った。沢村はじっと蓮の手を見つめ、「きれいな手」と言った。沢村の手が伸びてくる。顔に触れられる。
「きれいな顔」
「ありがとうございます」
「蓮ちゃんはかんぺき」
「そうですか?」
「わたしね」
「なんですか、沢村さん」
「わたし、太刀川くんとあなたが一緒にいるところを見るの、とても好き……」
 沢村はそう言って、ふふふとまた笑った。蓮は目を瞬かせ、それから、小さく笑った。そうですか。そうですかそうですか、いい子ですね。響子ちゃんは、いい子ですね。恋に恋するお年頃で、いい子ですね。ふふふと笑った沢村響子が愛おしいものを撫でる口調で「だってあなたたちかんぺきだから」と言ってそれからなんの脈絡もなく「しのださんがすき」と言った。強いものを手に入れている完璧な女の子として蓮は褒め讃えられてこの人はなんてかわいそうなんだろうと思った。完璧なものになんてなんの価値もないのに。
 沢村さん、と蓮は彼女の名を、ていねいにていねいにことさらにていねいに呼び、彼女の手を持ち上げて、手の甲にそっとキスをした。顔をあげると、沢村は蓮をじっと見つめて目を丸くしていた。なにも知らない子供のような目だと思った。
「わたしにはあなたのほうがずっと完璧だわ」

 寝顔を眺めてキスひとつしないでいるのは幸福である。成就されないものは幸福である。成就されないところでとどまっている限りこれは幸福である。けれどいつか蓮は沢村を踏みしだく日がくるだろうと思う。迅のようなお粗末な手つきではなく、もっとずっと洗練されたやりくちで、蓮はきっと沢村を踏みにじって粉々にし、ねえほら残酷でしょうと言い聞かせる。世界って残酷でしょう、かわいそうな沢村さん、かわいそうな響子ちゃん、そうなったときかわいそうな響子ちゃんの目はどんなかたちに歪むもしくは輝くのだろう。
 昔男の子はちいさな男の子できれいな目をしていた。それはもうここにはないのでさようならだ。かわりのものを蓮は手に入れようとしている。沢村響子の自宅で、彼女は勝手にシャワーを使い、ドライヤーで髪を乾かす。沢村響子はベッドで眠っている。蓮はその寝顔を見つめたあと、ソファを借りて少し眠り、沢村より先に起きる。冷蔵庫をたしかめる。生鮮食品はほとんどないタイプの内容だった。卵が四つ、卵立てではなくパックのままで入っていた。
「……月見さん?」
 声に振り返る。おはようございます、と蓮は言う。沢村は口をひらいて閉じ、それから息をついて、「……ごめんなさい」と言う。
「昨日わたし酔っちゃってひどかったわね、迷惑かけてごめんなさい」
「迷惑だなんて思っていませんから、謝らないでください。朝ごはんができますよ」
「……それなら、ありがとう、って言うべきなのね。ありがとう、月見さん」
 また蓮ちゃんって呼んでもらえるのはいつかしら。
 昔蓮と太刀川がふたりきりで遊んでいる子供だった頃、太刀川は蓮にだけ、お料理を作ってくれた。小石とか葉っぱとかそういうものでできたお料理。蓮は言った。けいちゃんのお料理は食べられないからいいね。食べなかったらいつまでもなくならないから、いいね。おなかいっぱいにならなくて、いいね。蓮はスクランブルドエッグを作り、インスタントのカップスープの素を使ってじゃがいもと玉ねぎを煮る。
「朝ごはんですよ」



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