「じゅんくんは勇敢な男の子かな?」
 そう尋ねられて、ユウカン、っていう言葉の意味はちゃんと、朝のヒーローでわかってたから、うん、と准は言った。うん、じゅんはそうだよ、ユウカンなんだ。
「弟や妹やわんちゃんを守るために、戦えるかい?」
「もちろんだよ!」
 准はそう言った。こくこくと頷いて、それでも足りない気がしたので、おじさんの手をしっかり握って、「ほんとう、ほんとうだよ! じゅん、なんでもできるよ!」と言った。
「そしたら、いまからちょっとこわいことをおじさんがしても、准くんはがんばれるね」
「うん、だいじょうぶ。じゅんね、ユウカンだから、なんでもできるよ」
 准はおじさんを見上げて首をかしげ、そうして笑って「なんでもしていいよ」と言った。

 それが十五年続いた。
 トリオン体でいるときはクスリは必要じゃない、離脱症状も起きない。便利だった。つらいとかくるしいとか感じなくて済むところはクスリをキメているときと似ていた。だから准は勇敢な子供のままだった。いつまでもいつまでも、勇敢な子供のままだった。クスリのせいだかトリオンのせいだか、どっちだかわからなかった。痛いとかくるしいとかつらいとか、ずいぶん前に消滅してしまっていた。
 あ、あ、あ、漏らしている声が遠い幻覚のようだ。ああまた離人しちゃった、そう准は思う。最近すぐに、遠くに行ってしまって、気持ちが良いのかどうかもわからなかった。おじさんに聞かれたら、うんきもちいい、きもちいいよおって答えるけど、実際准はいま自分がどこにいるのかさえわからなかった。すぐにそうなった。トリオン体になりたいなとまた思った。あっちが現実だった。あっちならちゃんと自分がなにをしているのかわかる、痛みも感じない、つらくない、苦しくない、あれ、俺つらくもくるしくもないって、思ってたはずだったのに。
 准はにこにこ笑った。笑って、大丈夫、大丈夫だ、と思った。
 おじさんがビデオを撮っている。三脚を立てたそれが准の目の前にある。
 四歳の時から撮り始めたビデオ、いっぱいあるんだろうなあ、そう、現実から遠ざかってしまった准は、他人事みたいに思っている。あんまりいっぱいありすぎて、俺はきっと、ボーダーの顔も、ボーダー自体も、やめさせられるんだろうなあ。でも、そんなのって、間違ったことじゃないかなあ。だって俺は、ただ単に、勇敢なだけだったんだから。いつも、勇敢でいたかった、だけだったんだから。
 だけだった。……はずだった。
 ぼろっと涙がこぼれた。どうしてだかわからなかった。気持ちが良すぎたせいかもしれなかった。クスリを注射されると感覚めちゃくちゃになっていろんなことがよくわかって頭もよくなってワーってなってそれから、なんだか気持ちが昂ぶってしまう。よくわからなくなってしまう。
 誰かがこれを見たら、
 ――みつる、と准は思った。
 その瞬間、現実感覚が戻ってきた。体、おさえつけられて貫かれてそうして興奮しきっているからだそれ自体に戻ってきた。毛穴のひとつひとつが感覚を持って刺すような快楽が全身を包んでいた。そしてそれがいやだと思った。いやだとおもってけれどそれは勇敢なことではないからかわりに准は喘いだ。充、充がこれを見たら。たぶんあの子は軽蔑したりはしない(軽蔑されるようなことをしている!)、けれど信じられない顔をしてそうして傷ついていることにも気づかないように静かに泣いたりする、あの子に。
 あの子にこの十五年間が、ばらされたら。
 あっ、あっあっあっすごいよお、こわい、こわいよ、そんな言葉は勇敢じゃないのに准は声に出してしまっている。こわいよぉ、こわい、もっと、もっとばらばらにして、おれのことばらばらにしてください、大丈夫、准は勇敢だから、准は大丈夫、准は。
 准は、勇敢だから。
「おじさん」
 准は笑った。笑って、男の首筋にキスをした。まったく正常な人間のように笑って、そうして言った。
「おじさん、俺ね、あなたが俺を脅迫しなくても弟妹を人質に取らなくても、ボーダーに俺のビデオを売ったとしても、ちゃんとあなたが好きですよ」
 准はにこにこと笑ってそう言った。ばらばらになってしまったから言えた、もしくは、勇敢だから言えた。准は勇敢な子供だった。だから大丈夫だった。大丈夫だ。充も勇敢な子供だ。佐補も副も勇敢な子供だ。だからなにを恐れる必要もなかった。だれも傷ついたりなんかしない。みんな大丈夫だ。准はにこにこと笑った。笑って、笑って、笑い続けていた。
 いつのまにかおじさんの体が動きを止めていた。ずるりと准のなかから抜け出した。准は笑い続けたままおじさんを見ていた。おかしいなあと思った。俺はまだ全然終わってなくてなんでもできるのに、おじさんは俺から離れてしまって、俺を、気持ちわるいものを見るみたいな、生ゴミの中に生まれた蛆虫をみるみたいな顔で見ているのはおかしいなと思った。だって准はとても勇敢な子供なのに。
「気持ちが悪い」
 おじさんは、真っ黒に塗りつぶされたような顔で、そう言った。



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