「俺とそれをしようか」
 勇は目をしばたたかせ、は、と言った。勇はいつもだいたい常に笑っているのだが、そしてそれは人生を舐めているからなのだが、だから目の前にいるこの男の笑っている理由とはぜんぜん違うのだが、勇はそのとき、笑うのを忘れていて、それを見ても目の前の男は、嵐山隊隊長嵐山准は笑わなかったのでなんだかそれは悔しかった。
 嵐山准は小さく首をかしげ、「当真、俺としようか」ともう一度言った。
 は?
 勇は、それを口に出しては言わなかった。口に出しては言わなかったが、十分に顔に出ていたと思う。
 つまり勇は嵐山准に、よりにもよって嵐山准に、誘いをかけられているのだった。なにの、というまでもない、それの、だ。そもそもその話題を持ち出したのは勇のほうだった、それはたしかだ。いつもどおり品の良い、いかにも頼りになる兄貴分といった風情の嵐山准とすれ違ったので、よう嵐山さん、正義の味方は普段なに考えてんのか教えてよ、と、軽口というか無駄口というか、そういうことを言った。
「おまえとたいしてかわらないよ」
 嵐山はおっとりと笑ってそう言い返した。
「一緒って、たとえば、エロいことなんか考えんの? 嵐山さんが? 嘘だろー」
「考えるとも」
「どういうこと考えんの、なあ嵐山さん」
 不穏な方向に、わざと話を転がした。絡まれてどういう反応をするのか、興味があった。
 嵐山はあいかわらずおっとりと笑ったまま、
「じゃあ当真、俺とそれをしてみるか?」
 と言ったのだった。
 そんなのは冗談にすぎないはずだったのだから、えーなにできんの興味あるなあ、などと言い返してへらへら笑えばよかったのに、勇は硬直して目をしばたたかせ、そうして考えたままの言葉が、するっと落ちていったことに、勇自身も驚いた。
「あんたは奈良坂に似すぎててだめだなあ」
 ……勇自身も驚いた。
 嵐山准は、はははっ、と声を立てて笑い、「それは良いことを聞いた」と、やたらに上機嫌で言って、去っていった。勇はそこに残されて、自分がなにを言ったのか、はかりかねたまま、「はあ?」と声を出して、言った。冬島がやってきて、なにを突っ立っているんだと言われた。A級部隊長が会議に招集されていたのだ。そして勇は冬島に呼び出されてそこで待っていたのだ。それだけのことだったのだ。
 無駄口を叩いたことをこれほど後悔したことはなかった。
 冬島さん、と勇は言った。
「俺だめみたい」

 週に平均して三回、多い時は五回にわたるときすらある、それなのに奈良坂は毎晩、自分のベッドに律儀に帰っていく。勇の部屋はふたり部屋をひとりで使っているからベッドが一段空いている、だから空いているベッドで寝ていってもいいのに、それを禁じたことは一度もないのに、奈良坂はことを終えたあと、必ず自分のベッドに、隊の後輩とおなじ部屋に、戻っていく。
 奈良坂が隊の後輩と寝ているのかどうかについては興味がなかった。興味がなかったというより、ありえないと思っていた。隊の後輩と寝るほうが、奈良坂が勇と寝るよりずっと、簡単だからだ。そして隊の後輩と愛し合っているというのなら勇に手を出す必要など全くないと思えたからつまりそれは、奈良坂の本気以外のなにも示していなかった。奈良坂が遊びで後輩に手をつけるはずがない。ましてや勇を相手に遊ぶはずがない。それはわかりきったことだ。だから奈良坂透は勇ひとりだけのものなのだった。
 それを欲しいと思った覚えはなかった。なかった、はずだった。
 けれど実際問題として狭いベッドにふたりで転がり、ことのあと、奈良坂が、緩慢な仕草で勇の体に触れている指先を、勇は一度も厭わなかったし、ほとんど聞こえない声で奈良坂が囁く声も、耳に心地よいとすら思っていた。そして一番重要なこと、勇は奈良坂とこれをはじめてから一度も、ただの一度もだ、ほかの誰ともおこなったことがなかった。それはつまり、勇はそう考えて、胸のざわつきを感じた。それはつまりどういうことだ?
 答えは出なかった。
 なぜなら奈良坂が、ベッドから降りてシャツを拾い上げ、身支度をすっかり整えて、これから寝るだけのはずのくせに、さっきまで床に投げ捨てられていたのに、なお清潔にしか見えない白いシャツに身を包んだ奈良坂が、再度ベッドの上に身を乗り出して、勇の頭を抱き寄せたからだった。心臓の位置におしあてるように、奈良坂は勇の頭をそっと抱いた。守るべきものであるかのように、いつくしみぶかく抱いた。そうして急に、奈良坂の腕に力が籠った。ぎゅうと力を込めて奈良坂は勇の頭を抱き、そして、手を、離した。
「……なに」
 勇は元通りベッドの上に頭を落として、奈良坂を見上げた。
 奈良坂は笑っていた。珍しく、とても珍しく奈良坂は笑っていた。それは嵐山准には似ていなかった。ほかの誰にも似ていないと、勇は思った。
「しらない、……俺も男だってことだろう」
 それだけ言いおいて、奈良坂は部屋を出て行った。おやすみはなかった。いつもどおり、挨拶はなかった。勇は頭をかかえた。ヒイ、と小さく、勇は悲鳴をあげた。冗談ではない、と思った。まったく、冗談ではなかった、けれどほんとうにそうだ、ねえほんと、俺、だめみたい、冗談じゃねーんだけど。
 当真勇は恋をしているのだ。


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