星の音が聞こえる、と奈良坂はいう。勇は、妙なことをいう、と思っている。妙なことをいう、そして、それは奈良坂らしくないことだった。ファンタジックなことを口にするような男ではないと思っていた。思っていた、そう思ったあとで、なにを知っているつもりだったのだろう、と思った。
 奈良坂は寝転がっているから木々の間に星が見えるのだろう。勇は奈良坂を見ているから星は見えない。勇は奈良坂をみおろして、頬をすうっと撫でる。撫でられている奈良坂はあいかわらず星を見上げていて勇を見てはいない。べつにそれでよかった。
 東合宿と呼ばれるサマーキャンプに出頭して一日しごかれ(そのキャンプでは食料調達から火を起こすところまでなにもかもを現地調達する、近界遠征で食料事情が悪かった時の対処として学ばされるのだがその技術を現地で役立てているのは実質的には勇だけであり、実際勇は向こうでとらえた獣の肉を遠征チームに提供して調理までしてやった)その夜に、奈良坂とこういうことになるのももう何回目だったか。奈良坂は超音波だかなにかで虫を寄せないというものを真面目な顔で勇の手首にとりつけて、自分の手首にも巻かれたそれを指差して「おそろいだ」と言った。この男がどこまで本気なのか勇には測りかねる。
 あつい、夜で、木々のあいだを風がぬるく降りてくるなか、もっと、熱い場所に勇のものはぜんぶはいってそこにあった。既に二度ほどおわったあとの奈良坂はおだやかな目でただ星を見上げていた。この男は勇を精力的に求めるのだけれど、それはいつもそうなのだけれど、勇を見つめてはっきりと欲情しているということに、たぶんほかの人間はあまり気づいていない。勇を見つめて、奈良坂ははっきりと欲情をその目に浮かべ、近づいてくる。勇にむかって近づいてきて、当真さん、と呼ぶ。当真さん。
 おまえのことをおれはよく知ってる。つもりで、けれど奈良坂が、星の歌が聞こえる、と言うから、そんなことをいうのかと思って、勇はゆっくりと腰を動かした。ずる、と抜かれていくものに奈良坂が情欲を浮かべた目で勇をとらえた。勇はほほえみかけてやった。
「……あ、」
「奈良坂」
「んんンぁ、ッ」
 奈良坂の指が、勇の背に回される。爪を立てられる。ほそくととのえられているはずの奈良坂の指はそれでも勇の背中を抉った。うん、うん、と宥めるように勇は声を漏らしている。ケアをするようにそうやって笑っていることに気づいたあとで、自分はたぶん奈良坂透のことが自分で思っているよりも好きなのだろうと思った。
「気持ちいいか」
「……ば、か」
「おれはいい」
「知ってる……」
「言うよなぁ」
「あ、は、はぁっ、当真さん、もっ」
「もっと?」
 こくりと喉が動く。その喉に身をかがめて喉仏にかじりつく。山にいるのだから虫にくらい刺される。奈良坂は虫除けの装置を持っていることを誰にも言っていなかったようだし。つまりそれはそういうことだ。悪い虫がここにいる。奈良坂にくいついて奈良坂を啜っている。あ、あ、あ、あ、と奈良坂は声を漏らした。文字通り漏らすという口調で身を震わせた。奈良坂のなかに勇がいる。ぐ、ぐっと力をこめてなかを抉った。ぬるぬると絡み付いてくる感覚、もう、お互いにそのためだけの装置だった。奈良坂透は勇のための装置で、勇をここに連れてくるための、勇を纏って勇をいつくしむための、装置だった。
 たぶんその一途こそが勇をここに連れてきたのだとそう思う。
 情欲に濡れた目が勇を見上げている。星、とささやく声と共に、腰にぎゅっと奈良坂の足が絡みついた。身動きがとれなくなるほどにもつれ合って抱き合っている。土の匂いと草の匂いと木々のざわめき、それから星。
「あんたの、なかに」
「うん?」
「星……」
 あ、ああっあああ、ずくずくっと奈良坂のなかが勝手に蠕動して、奈良坂はふいに顎を反らして喘いだ。勇は奈良坂の体をそこに止めようとするように抱き寄せた。しっかりと抱き寄せている腕の中で奈良坂は震えながらゆっくりと果てた。そのさなかに勇のものも呼応したように膨張して爆発してうすいゴムのなかに吐き出されていた。熱い、と思った。奈良坂透なのにこんなにも熱い。奈良坂透のくせにこんなにも熱い体をもって熱い声で熱い目で、
「当真さん」
 と呼び、勇の体に指を滑らせた。ちかちかとまたたくようなかすれた奈良坂の声、もしかしてそれを星の音と呼ぶべきだったのかもしれない、おれも星の音を聞いたのかもしれない、そう勇は思う。夜がゆっくりと深まっていくなかに勇は透といて、どくどくと高鳴る心臓の音に耳をかたむけ、どちらの心音だかわからない、と思う。
「……大型免許取った」
 勇がそう言うと、奈良坂は身じろいだ。とん、と背中を叩かれる。
「どっかいこうぜ、夏のうちに」
「……ふたりのり」
「そういうこと」
 奈良坂は黙り込んだあとで、はは、は、はは、と、声を漏らした。掠れた声は星の音に似ていて勇は見上げることができないけれど奈良坂を抱きしめて星の音を聞いている。



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