どんな話をするべきだろう、と透は思う。眠る前に十五分だけ小説を書いていること。神はトイレにもコンビニにもいかないしきっと眠らないこと。だから神にはベッドルームは必要がないということ。たわいもないことばかりを考えているのだということ。眠る前に俺はたわいのないことばかり考えているのだということ。だから。
 だから、の続きを、ここで考えたくはなかった。
 透は二段ベッドの下の段から、壁を見つめている。ベッドの反対側の白い壁に、映画が照射されていた。照射された映画だけを光源とした部屋はぼんやりとあおかった。さっきまで透の上にあったはずの当真のからだがここにないから、そして映画が白い壁に向かって照射されているから、つまり当真が二段ベッドの上にいて、映画を投射しているのだった。映画はたわいのない西部劇だったが、音声は一切流れていなかった。たぶん当真が、イヤフォンだかヘッドフォンだかそんなもので、ひとりで音を聞いているのだろうとおもう。それで当たり前だ。時刻は深夜だし、透はここで起きているとしても、隣の部屋の人間はもう寝ている。映像はごく平凡なものだったが、音が消えていること、透にその音が伝えられていないことが、その映像を非凡なものに見せていた。
 そもそも西部劇などというものをいまここで、透とさほど年の変わらない少年が観ているということ自体が非凡だった。そう考えて透はくすりと笑った。
 そこはボーダー本部付きの男子寮で、どの部屋にも同じように二段ベッドがあり、ふたりひとへやが与えられていた。近界民に家を破壊されたままボーダーに入隊した透は後輩の古寺とともにひと部屋を使っていた。ここは同じ寮のひと部屋で、しかし当真はこの部屋をひとりで使っていた。寮長と賭けをしたのだという噂だ、当真が一ヶ月間休まずランク戦に登場し、不動の一位を叩き込んだ時期があった。当真はかけに勝ち、この部屋を手に入れた。
 透が気をやるまで当真が透に拘泥することは珍しかった。それくらい、当真のほうも楽しんでいるということ自体が稀だった。そのことが、当真が楽しんだということが、率直に言えば透はずいぶん嬉しく、してやったりという気持ちで当真の部屋の壁を見つめながら、浮かぶような満足感に包まれていた。
 うつくしいシーンだった。馬の背に乗った男がひとり、夕日に向かって歩を進めていた。そのシーンを見た瞬間、透は、この映画を俺は知っている、と思った。たしかにそうだった。いまはもうない透の生家で、父親とふたりでこの映画を観た。そして透はこの映画の主題歌のコードを知っていた。指を無意識に動かしながら、透は低い声で歌った。
 透がそこで歌っていることを、当真は知らない。当真は自分の耳に聞こえる音だけを聞いていて、透がそこで歌っていることを、知らない。こんなに近くにいるのに。こんなに近くにいて同じ夜のなかで同じシーンを、美しい夕日を、目にしているのに。こんなに近くにいるのに、そう思ったあとで透は、それでもこんなに近くにいる、と、思った。
 どんな話をするべきだろう、あんたに。俺が神を信じないこと。そのくせあんたの寝床にやってきて、あんたの上にのしかかり、あんたが俺をまっすぐに見つめるとき、俺はあんたの目の中にたしかにその近似値を見出していること。あんたはトイレに行ってコンビニに行ってそしてときには俺を抱くし、俺を抱いているときあんたは楽しそうにしている、なにを賭けているわけでもないのに、楽しそうに俺を抱いて、あんたはそこにいる。眠る前に十五分だけ小説を書いているんだ、当真さん、俺はここにいて歌っている、当真さん、俺はここにいて歌っていてあんたはそこにいてあんたが聞いている音を俺は耳にしない、当真さん、俺が書いている小説は、きっと永遠に、あんたのことだけを書き続けるってことを、きっとあんたは永遠に、知らないままだ。


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