あのね、たとえば、カレーを作って食べますよね、三日間、毎日。そういうことをしているオレが、オレは嫌いなんです。そういうことわかります?
 コミュニケーションを、取るべきか取らざるべきか、つまりは話をしたほうがいいのかどうかと考えて、話をしない。しないままで、おっいい匂いすんなと言って、カレーだカレーだと言って、そのままどっかりと座っている男をぼんやりとながめやって、カレーですけど、と大地は言う。カレーですけどなんですか。
 諏訪は少し困ったように笑い、それからおもむろにぶすくれた表情を作って、それはずいぶんぶさいくだった。格好悪い顔をきちんと作ってきちんと格好悪いそぶりをして格好悪く、諏訪は、カレー食わせて、と言った。いいですよ、と大地は答えた。
 コミュニケーション。
 生きるのが、面倒くさくなるとカレーを作る。三日ぶん作って、それだけを食べる。飯を食うのが面倒になっても、腹は減るからなおのこと面倒だった。さんどさんどの飯を、きっちり食わないと満足できない体ときていた。飯なんか食えなきゃ食わないでも死なねえよと言う諏訪の野蛮を大地はいじらしく思った。そんなことを思いたくはなかったのだが、思うしかなかった。
 食い物をうまく作れなくなるってなんかの病気ですかね、と大地は言わなかった。オレの好きなやつ、味噌汁とか焼き魚とかそういうのちゃんと作れなくて逃げ出す先がカレーって幼稚でいやだ。なんかねえオレは結局ねえ、幼稚ですよね。そう言わなかった。大地は笑って、予定通りみたいな顔をして、「諏訪さんカレー好きでしょう」と言った。まるで諏訪のために作ったみたいな顔をして、好きだよと応える男に救われていた。午後二十三時に時間をいとわず救いをくれる男が大地のヒーローでほかにはだれもいなかった。

 それが三日前の話で、カレーの匂いがまだわずかに残っていた。目をさますとそこは大地の家の玄関で、大地は玄関に丸まって眠っていた。広くもない玄関先の大地の傍らに諏訪が片膝をたてて座り込んでいて、カップのストロベリーアイスを食べていた。いちごアイス。
「……またやったんですか」
「またやったよ」
 言ったあとで、男は、「おはよう」と付け加えた。ふとんまで運ぶとかないんですか、と思いながらやっぱり言わなかった。いちごアイスがそこにあったからだ。
 こいつ酔っても顔出ねえけど帰りにはわかる、いちごアイス食いたがるから、そう、酒の席で諏訪は言った。酒の席でのことで、冗談だろうと思った。くだらない冗談のネタにしやがってと思った。その日の朝起きたら傍らにいちごアイスのカップがあって手つかずのまま液体になっていた。そうして、ズドンと一発食らった気分になった。諏訪さんの馬鹿、と大地は小さな声で呟いて、冷凍庫に、その完全に溶けた液体を入れた。
 オレが幼児じみているということをあんたが知っているということを自慢して回らなくたっていいだろう。どうせあんたしか知らないのに。
「いちごアイス」と諏訪は言った。
「いちごアイス」と大地は復唱し、ゆっくりと起き上がった。ぬるくて甘い、薄い唇だった。 今日も酔っ払った。空想する。手を引いて大地ほらこっちに来いとこどもに言い聞かせるように言う諏訪に、アイス、と言う自分を空想する。またかよ、と困ったように笑って諏訪は、大地のためにアイスを買ってくれる。コンビニの袋を手に提げて、ほらこれでいいだろと言ってくれる。言葉にしない。言わない。言わなかったこともたぶん諏訪は知っている、そう思っても構わないのだろう。昼食に自作の弁当を持ってこない日に晩飯を食いに寄るくらい簡単なことなのだ。人工的な甘味料の香りは男のがさがさした唇にまるで似合わなかった。
 その男が大地のヒーローで、ほかには誰もいなかった。


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