ピロートークだった。地獄のドア開いたろ、と諏訪は言った。ずっと開いてますよそんなもん、と堤は言った。ボーダーという組織の話をしていた。ボーダーという組織がそこにあって、それは地獄じゃないですか、という話をしていた。オレたちは地獄にいるのである、という話をしていた。オレたちは地獄にいる、でも、戦わないでいるとしてもどうせもうボーダーは存在することをオレたちはもう知っているし、超人的なガキどもが次々に現れてハイスコアをたたき出して行くのを消費している、そうして消費したガキどもが、遠征先でなにをしているかだいたい、知ってすらいるのだった。ああ遠征に行かなくて済んで良かったなとオレは思い、心から思い、そのことにひどく落胆した。ひどい話だと思った、自分より子供が、日佐人と同い年の子供が、生身の死体を漁るところを見せられるのは。でもそれが事実だったので、じゃあどうする、という話だった。
 死にますか、とオレは言った。どうせ地獄なら一緒でしょう、と言ったのはオレのほうだった。死にますか、日佐人だっておサノだって、俺らがいなきゃやってけないってほど弱くもないでしょう、なにしろ16歳が死体漁りをする世界だ、あいつらだってたくましく生きていきますよとオレは言い、諏訪は、
「おまえけっこうあいつらのことしょってんのな」
 と言った。
 ピロートークだった。冗談みたいにしてオレたちは電車に乗った。電車に乗ってどんどん遠くへ行き、海沿いをただただ走った。それから電車を降りた。海沿いをゆっくり歩いて、それから海に入った。服を着たまま海に入って、冬の海で死ぬほど冷たくて、死ぬと諏訪が言った。こんなひゃっこいと死ぬ。ものすごく冷静な口調でそう言って、ばかだなあ堤、と言った。
「俺らは馬鹿だなあ」
 そうですねとオレは言った。そうですね諏訪さん、すげえ馬鹿ですね。なにやってんですかね。海はむこうからこっちこっちからむこうへと流れていっていた。それだけだった。死ぬほど寒かった。それだけだった。そこは三門市から離れた場所で、俺たちは無関係に死のうとしていた。どうせいつか死ぬのに、死のうとしていた。馬鹿だった。だってどうせいつか死ぬだろう。俺たちは戦争をやっている。どうせいつか死ぬだろう。そんなことはわかりきっているのにいまふたりだけでふたりだけの死を与えようとしていた。
 ふと人型近界民のことを思い出した。あの女は死を消費したかったのかもしれないとオレは思った。あの女はあの男を愛していたようなことを言っていた。少なくとも好意を抱いていたようなことを言っていた。オレはあんなふうになりたかっただけかもしれないとオレは諏訪に打ち明けた。オレはあの女の人型近界民がやったみたいなことをしたかっただけかもしれません。
 つまりあんたと死にたいというよりあんたを殺したい、そうしてあんたに、殺されたいんだ。
「それってつまりさあ」
 諏訪は言った。
「俺を殺せばおまえはどうせ死ぬって話?」
 煙草をすいたそうな口ぶりだった。だからキスをした。

 そういうことです。

 ものすごく寒いと言いながら五時間かけて歩いて帰り、クソみたいな風邪をひいて三日寝込んだ。諏訪のほうは鼻風邪をひきこんだだけで寝込まなかったらしかった。レトルトパウチの粥とポカリスエットを持ってきてくれたのは日佐人とおサノであってあんたではなかった。あんたはその三日間、俺のそばには一切近づかなかった。その気持ちはわかるような気がした。あんたが死ぬっていうのはオレが死ぬのと同じことです。
 つまりそれは心中じゃなく自殺です。
 それくらい人に好きになられるってどういう感覚なんだろうとオレは思った。べつにあの人がカッコイイから好きなわけじゃなかった、カッコイイところはむしろ嫌いだった。カッコイイせいであの人きっと早く死ぬだろうと思わされるから嫌いだった。実際キューブにされたのはあの人がクソ軽率でええかっこしいいで時々要領悪くてそしてカッコイイせいだったからオレはあの人のカッコよさが嫌いだった。そしてあの人のカッコよさをふつうに消費し続けないともはや生きていけない自分にほとほとうんざりしていた。もうなにもかもうんざりだった。オレはあの人を連れずに一人で死んだほうがずっとよかった。ずっといいんだとわかっていたはずなのにどうしてふたりで死のうなんて、あんたを連れて海に行こうなんて、一緒に行こうなんて言ったんだろう。そしてあんたはそれをなんだってオーケーしてしまったんだろう。馬鹿なんじゃないのか。一人で死ねよとどうして言えないのか。カッコイイところが嫌いだった。それを消費してしまうから。
 あんたがカッコよく死ぬところもきっとオレは消費してしまうからそうして俺の人生は終わるからあんたのことが嫌いだと熱に浮かされたままオレは思った。
 ただオレは諏訪がすぐ死にそうなふらふらしたところが好きだったのだと思う。それは同じ感情だった。諏訪の、べつにろくに強くもないくせに強い「キャラを」演じたがるところとか、強い「新キャラが」出てくると喜ぶところとか、そういうところがものすごくあやうい気がして、となりにいないとぐらぐらになってダメになる種類の人のような気がしたかから、
 気がしたからオレが殺してやんないとこの人死ぬだろうなって思っているんだろうな。
 おサノ、とオレは呼んだ。ハイ、と彼女は答えた。諏訪さんが憎いので殺したい。ああ諏訪さんのせいですかこれ、とおサノは言った。だいたい全部あの人のせいだろ。オレはそう答えた。
 だいたい全部、あんたのせいなんだ。

 風邪が快癒した頃諏訪はやってきて、俺の家のちゃぶ台に、ごとんとビールの六缶パックとそれから、日本酒の瓶を一本置いた。「快癒祝い」と諏訪は言った。
「見舞いに来ねえ薄情な隊長サンが今更なんの用ですか」
「俺おサノとふたりでオペやって大変だったんだぞ、風邪治らねえし」
「オレがいなくても世界は回るんですねえ」
「回らねえよ」
 諏訪は顔をしかめて、吐き捨てるように言った。それはよかったですねとオレは思った。オレにとってあんたはそのような存在ですが、いつ死ぬんだかわかんないのでせめてオレの手で死んだらハッピーエンドじゃねえかなと思うような存在ですが、あんたにとってオレはどういう存在ですかね、オレはそれを口に出さずに、諏訪が買ってきたソーセージとじゃがいもを炒めてやった。諏訪は喜んでそれを口にした。この人を殺すなんて簡単なことだ。いまだしだ飯に毒を入れる。となりで眠っているときに呼吸を止める。この人はむしろオレに殺されたがっているとしか思えないくらい無防備にオレの傍らに存在するからもうそういうことでしかなかった。
 そのタイミングはオレが決めていいいし決めるべきなのだろう。
 たぶん。
「諏訪さん」
 オレの目の前でじゃがいもを食っている諏訪さんを見下ろしてオレは言った。なに、と諏訪は言った。
「好きです」
 諏訪は胡乱そうに俺を見た。そうして笑った。「そう」と言った。返事はなかった。それだけだった。それでよかった。

 時々、諏訪の首を絞めるようになった、これがその顛末だ。
 セックスの最中諏訪の首を絞めると、諏訪は最初笑ってそれから苦しんで、それから醜い顔になって醜いということはとても死に近くなるのでオレは指を離す。殺したい、殺したくない、死にたい、死にたくない。いろいろな感情が沸騰して、わからなくなってオレは指を緩める。
 はやく、もっと。そう諏訪が言う。諏訪が殺されることを強請る。狡いとオレは思う。あんたの死を願っているのはオレのほうであってあんたじゃないのにあんた自身の願望のように振舞う諏訪洸太郎はいかにも狡く、そしていつもどおりの諏訪だった。いつもどおり、真っ先に死ぬ方の諏訪だった。俺の愛する、俺のにくむ、カッコイイ諏訪だった。殺せ殺せと煽るばかりで自分ではなにもしない指だった。オレはもういちど諏訪の首を絞めた。諏訪は殺されかけている蛙のように痙攣した。セックスの最中のことだったので、諏訪の穴はぎゅうぎゅうと痛いほどに絞られた。諏訪が死につつあることをそれで感じられた。死ぬことに、抵抗を示していることを、それで感じられた。
 オレは結局諏訪を殺さないだろう。
「冬のあいだだけですね、こんなことできるのは」
 指のあとが残った首をさらしている諏訪の首を撫でる。諏訪は目を細めてそれを受け止め、「見せつけてやればいいんじゃねえの」と言いながら、しかしタートルネックのセーターを着るのだった。タートルネックのセーターがあまり似合わないので、実質的に見せつけているも同然の側面はあった。諏訪の鼻風邪はまだ治っていなかった。諏訪がぐずぐずと引き続けている風邪のためにストックしてある箱ティッシュを押しやりながらオレは、「あんたこれ、マジで楽しいんですか」と聞いた。
「あー? あー。実際問題としてけっこう気持ちいい」
「うわ」
「はじめた人間が引くかよ。トべてけっこう気持ちいいよ、やってやろうか」
「あんた相手に女やる予定ないんで」
「浮気宣言かよ」
「あんたの棒でいたいんで」
「いい棒だよおまえは」
「ありがとうございます」
「トべるよ」
「トんでどこ行くんですか」
「さあ?」
 地獄だろ、と諏訪は笑って言った。「でもそこに大地くんはいなくて可愛そうだけど」とも言った。「俺は大地くんに首絞められてハッピーでトんできれいな地獄を見てる最中すげえ辛そうな顔して俺の首絞めてる大地くん超かわいそうだよな」ものすごく、他人事の口調で言った。そうですねと俺は言った。
「堤」
「はい」
「髪染めて」
「またですか」
「これから永遠に言う予定だけど髪染めて」
「飯をたかってふとんを借りて髪を染めさせて、きれいな地獄にトばせる手伝いまでさせる隊長」
「だから首絞めはじめたのおまえだろって言ってんの。髪染めて、おまえにやってほしい」
 デレんな。
 飯を食ったらね、とオレは言った。飯を食ったらそうしましょう。そのようにしましょう。隊長殿。


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