多分永遠に、永遠にこれを繰り返して生きていくのだろうから、何年も何年も何十年も、そうやって繰り返していくのだろうし、諏訪がどんなおっさんになるかなんてもう、わかりきったようなことだった。大地は、自販機の前で背筋を逸らしてフルーツ牛乳を飲んでいる男をあきれた目で見つめている。やたらに無邪気なところと、やたらに小賢しいところが、混ざりあった男の背中を。
 さっきまで、諏訪洸太郎はサウナのなかで、ビールビールとやたらビールにこだわっていた。大地はふだんそれを飲まないが、サウナに入るとビールが飲みたくなるという理屈は理解できなくもなかった。
 勝負しようぜ堤、と諏訪は言った。
「どっちが長くサウナ入ってられるか。先に出たほうがビール奢る」
 いやだよ体に悪い。その上オレはビール好きじゃないからなにも得しない。そう思ったが口に出して言ったのは、「お体お大事に」のひとことだけだった。腰を浮かすと、諏訪は慌てたように大地の腕をつかんだ。しっかりとつかんだ。
「もっといろよ馬鹿」
「馬鹿はあんたですよ」
「寂しいだろ」
「寂しいんですか」
「言わせんな恥ずかしい」
「恥ずかしくなるようなことを勝手にあんたが言ったんですよ」
 腕をつかまれていた。熱い指だった。そしてサウナのなかにはだれもいなかった。だから不可抗力だったのだと大地は自分に言い聞かせる。立ち上がったまま、諏訪にかがみこんだ。キスをした。
「……しんどいですよ諏訪さん」
 ぼそりと呟くと、諏訪は顔をしかめて、「誰のせいだよ、それは」と言った。誰のせいだったのだろう。そもそも諏訪のとなりを選んだ時点でしんどかった。しんどいしんどいと大地は胸中つぶやき、それからすとんと、諏訪からふたり分ほど離れた場所に腰をおろした。あーーーーーーー、と諏訪が、悲鳴に似た、けれど静かな声を漏らした。それきり会話はなかった。うだるような暑さのなかで、ふたり並んで、サウナの熱気を浴びていた。
 さっきまでのあの一種異様な空気はなかったことにする意図を持って、諏訪はフルーツ牛乳を、腰に手を当てて(腰に手を当てて!)飲み干している。それは意図的な行動だったからどうしようもないと大地は思った。ビールという言葉を口にしないのは、諏訪の意図的な動きだったからどうしようもなかった。俺たちの関係はずっとこのまま、どうしようもないのだろうと思った。永遠に、永遠にこれを繰り返して、何年も何年も何十年も。
 並んで歩いて帰る。
 オレんち風呂壊れちゃったんですよ、大家待ちです、一週間くらいかかるらしいです、オレは本部のジムのシャワー使います。そう丁寧に説明してやったのに、つまり帰れと言いたかったのに、風呂がないような家にあんたを泊めたくないから帰れと言いたかったのに、フーンと言った諏訪は、「じゃあ風呂行こうぜ」と言った。鼻歌を歌いながら最寄りのスーパー銭湯の位置をスマートフォンで確認した諏訪は、どう見ても機嫌がよさそうだった。なぜそういうことになるのかよくわからないまま、はあそうですかとか、はあそうですねとか、言いながら堤はいつも諏訪についてゆく。隊長だから。
 隊長だから?
 道をふらふらと歩いていくと、パン屋がよい香りを漂わせていた。そのままなにも言わずに、諏訪はパン屋に吸い込まれるように入っていった。堤は呆れて立ち止まり、けれど結局、パン屋に一緒に入っていった。無造作に選んでいる諏訪の背中のうしろにくっついて、幽霊か、影か、そんなもんになったような気分だった。この人はなにも考えてないんじゃないかと思うことが時々ある。そうだったら大分マシになる。けれど実際のところは大地を振り返ってものすごく微妙な顔で笑うこの男がなにも考えていないなんて嘘だった。おまえなんでそこにいんの、馬鹿じゃねえの、とその顔は言っていた。ほんの一瞬だけ与えられた笑顔ではあったが、大地はクリティカルヒットをくらった。堤ダウン。
 本当に、馬鹿なんじゃないだろうかオレは、オレたちじゃなくてオレが、馬鹿なんじゃないだろうか。この男に甘えられることもこの男に振り回されることも、望んで大地が得たことだった。
「サンプルお配りしております。お紅茶大丈夫ですか?」
 かろやかな声に、「大地」と重なる、おおむね濁った音をした諏訪の声。「大丈夫です」と答えた。知らねえよそんなもんあんたが決めろよあんたが買うんだろうがと思ったが、とにかくそう答えた。
 これからふたりは買い物を、正式な買い物を、無駄じゃない方の買い物をしてそれから家に帰るわけだし、家に帰ったら料理をするわけだし、その後ろで諏訪はビールを飲むのだろうし、でも今日に限ってはこの男はビールを飲まないのかもしれないのだし、ビールいらねえと言うこの男にオレはいいから買えよと言い聞かせていつもどおりの六本パックを買ってやらなくてはならないのかもしれないし、メシ代払ってくださいよと小言を言わなくてはならないし、刈り上げた首筋になにを感じる必要もないし、腕を掴んだ指の熱さを今更感じ続ける必要もないし、だってこれは永遠に続くのだから。
「諏訪さん」
「ん」
 袋いっぱいにパンを詰め込んで店を出てきた諏訪に、棒立ちになった大地は尋ねている。
「永遠ってどれくらい長いんですかね」
 諏訪は目を細め、それからにやりと笑った。
「どっちにしろ俺らにあるのは生まれて死ぬまでだろ、ヘイスティングス」

 こらえきれなかった。無理だった。玄関に入る直前に腕をつかんだ。見返してくる諏訪を扉のこちら側に引きずり込んでそこから先にゆけない。扉に諏訪を叩きつけるようにしてキスをした。荷物を放り出した。ほとんど首を絞める勢いで肩をつかんでキスをしてそれから乱雑にベルトを外して引き抜いて放り投げた。自分のものもそうした。そうして諏訪の体を抱いた。抱き寄せて腰をぐじぐじと押し付けながら、つまりこうしたかったわけだサウナで本当は、と大地は他人事のように思った。本当は諏訪の体を見たくもなかったし諏訪の汗の匂いを嗅ぎたくなかったし諏訪の湯上りのうなじを眺めたくなかった。全部イヤでイヤでしかたがなかった、だってそこではこれができない。はー、はー、息をつきながら大地は諏訪のものと自分のものをまとめて扱いた。は、と吐息と笑いの中間のような声を出した諏訪が、どさりと荷物を床に落とした。ふわふわのあたたかい焼きたてパンが冷めていく横で、お互いのものをお互いにあつかっていた。痛えよ、と諏訪は言った。「がっつくな」と。
「誰のせいだよ」
「俺のせいじゃない」
「あんた以外の、誰の」
「おまえの問題だろ」
「無関係ヅラですかここまで追い詰めといて」
「おまえの問題だ」
「死ね」
 言った途端こらえきれなくなった。泣くかわりにキスをした。さっきサウナでしたのとは全く違う、口の中を全部蹂躙してべたべたにして唾液が首筋にこぼれて不快なそういうキスを深くやった。
 いつのまにか諏訪が自分のうしろに指を入れていた。首筋にこぼれた唾液で指を湿らせてうまく解そうとしているようだったけれどそんなもので足りるはずがなくけれど体を密着させている以外のなにもしたくなくて振り返らせて、扱いた大地のものから出てきたそれを諏訪の尻にかけた。だらりとかかってこぼれていくものをすくい取って指をつっこむと、ううと呻くような声をあげた。やっぱりあまり足りなくて口に唾液を吐き出してそれも使ったりした。衛生面がどうこうとか全然考慮していなかった。ぐちゃぐちゃになればそれでよかった。重い扉にすがりついて腰を震わせている男のそこがそれなりにそうなればそれでよかった。
 キツかった。
 キツいでしょと大地は言った。ううと諏訪はまたうめいた。キツいですオレも、と大地は言った。でも腰を振った。腰を振ってぐちゃぐちゃにしてめちゃくちゃにしたかったのでそうした。揺さぶられた諏訪の体ががんがんと扉に打ち付けられてまわりの住人がどう思うかなんて知ったことではなかったし現実に忘れていた。まえに触れるとすっかり萎えていてかわいそうだったので腰を打ち付けながら扱いた。うあ、とか、ああ、とかいう悲鳴じみた声が聞こえていてそれから手に液体が流れて、ぎゅうと締め付けられたなかに大地も出した。
 ずる、と、ひきぬくと、諏訪はそのまま、玄関にへたりこんだ。かろうじて体を反転させて、扉に背をもたせかけた。がん、とまた、頭を扉にぶつけた。
 茫漠とした目つき、おわったあとの、つかれた目つきで、恨むように大地を見上げて、笑った。
「……めっちゃ、頭、痛えんだけど」
「自業自得ですよ」
「いやもう、おまえが言ってることなにひとつわかんねえわ。レイプ。レイパー」
「自分で慣らしてましたよ、あんた」
「腹減った」
 諏訪のとなりに転がった袋から、パンを取り出した。チーズのかかった、ふわふわしたやつを取り出して、ちぎった。諏訪さん、と呼ぶと、諏訪は口をあけた。大地の手からそれを受け取り、咀嚼した。咀嚼する感覚が、手のひらに伝わってきた。もう一回するしかない。天啓のように降ってきて、めまいがした。もう一回するしかない。何回でもこの男とするしかない。料理なんてどうでもいい。風呂あがりであることもどうでもいい。風呂が壊れていることもどうでもいい。この男とするしかない。
 だから帰れと言ったのに!
 半分を与えて、半分は自分で食べた。床に投げ捨てられた食料のことは見ないふりをして、アホみたいな数買ってあるそのパンの袋の中から、こんどは甘そうなものを取り出した。ひとつを諏訪の膝に投げて、もうひとつを自分の手にとって、それからふたりで玄関に座り込んで、もそもそとそれを食べた。二回戦のために。
 二回戦のためであるとわかった顔でにらみ合いながら、それを食べた。
「あんたといると本当に不幸ばっかりなんですよ」
「ラブストーリーじゃねえか」
 腕を伸ばす。諏訪はそこにいる。諏訪はそこにいて、笑っていた。腕を伸ばす。抱き寄せる。
 そうして永遠の数を。


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