不覚にもときめいた
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このような気持ちなど、私が抱いて許されるのでしょうか。不釣り合いでしかない淡い感情。こんなにも、こんなにも、苦しいだなんて。
嗚呼、誰か…この気持ちの正体を。
「…はい、終わりです。少しは自分の身体を大切にしてくださいね。」
「ふふ、どうしてもあの高揚感を制御することは中々の難題ですね…」
「光秀さまを心配するのは私だけではないのですよ。」
戦の後と言えば決まってこのような会話。戦いの最中、痛みさえも気持ちの昂りの材料になってしまう為に帰ってきた頃には自分でも気付かないところを負傷していることも多々。
そんな私をいつも心配して、今日も医務室で懸命に手当てをしてくださるこの軍医の女性が最近の悩みの種であることは間違いない。
「それに、大きな怪我を負ったあと私に隠れて鎌を手にしていることもおありでしたね。」
「何も少し持ち上げてみただけですよ。あの程度で傷口が開くとは思いませんでしたので。」
「少しとおっしゃっても、光秀さまの鎌は普通の方が軽々と持てる重さではないのです。本当に、これ以上無理をなさると判断した際には見張りをさせますからね。」
「おお、怖い怖い…名前を怒らせぬよう、極力気を付けましょう。」
こうやって心配され、世話を焼かれることを楽しい、嬉しいと思ってしまう自分が居る。厳しい目付きで此方を見てくる彼女の表情でさえも、その感情の材料となってしまっている。
…いつから私は、こんな気持ちを抱いてしまったのか。
「そういえば、光秀さま…最近何か良いことでもおありでしたか?」
「良いこと、ですか…何故そう思うのです?」
「最近皆さんが口を揃えておっしゃってますよ。光秀さまが丸くなったとか…優しくなったとか。」
「ふふ…クククッ、そうですか…その様に見られていたとは…」
部下達が口を揃えて?そこまで私は変わってしまったのかと改めて実感する。思わず笑ってしまった私の様子を見て、彼女は不思議そうに小首を傾げる。
そうですね、気付くことはないでしょう。不思議と貴女には、初めて言葉を交わした時から優しく優しく接していました。軍医であれど部下にあたる女性に、自分から話し掛けたり気に掛けたりなど今までの私からは想像もつかないことでしたが。
「何年も光秀さまにお仕えしているわけではないので、まだ知らないことも多いのですが…初めてお会いになった時から、光秀さまはお優しい方だったと私は思いましたよ。」
「…おや、私の第一印象が良いなどと言うのは名前くらいですよ。」
「光秀さまに良くして頂いたお陰で、緊張や不安がなくなりました。…なんだか、こんなこと話すのはお恥ずかしいですが…」
本当にどうもありがとうございます、と彼女は笑顔で私に言った。
同時に私の鼓動が大きく高鳴ったことがわかり、そしてやはり胸が苦しくなる。彼女の瞳から目を逸らしたくない、その輝く笑顔を見つめていたいとさえも思った。
この私が油断してしまうとは…これを不覚、とでも言うのでしょうか。
「いえ、礼には及びません。私がしたくて勝手にしていることですから。」
「そんな、私には勿体無い程のお心遣いをいつも頂いていますので…」
「…名前は、お上手ですね。」
「え?上手…何がでしょう?」
今は解らずとも、良いですよ。私にも未だ今の自分を理解しきれていないのですから…
貴女に不意を突かれるのは悪くありません。その笑顔を何度でも見せてください。
出来ることならば、私だけに…
「名前、近々私の話を聞いてくださいますか。」
「はい、私でよろしければどんなお話でもお聞きします。」
「…貴女でなくては、いけないのですよ。」
名前は私の話を聞いてどんな顔をするでしょうか。貴女と居ると胸が苦しくなる、笑顔が眩しく見える、幾度でも言葉を交わしたくなる…言い出せばきりがないことばかりなのですが。
人間にも成りきれていない私を、名前は受け止めてくださいますか…?
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