君が異性に変わっていく



 乱暴なシャッというカーテンを開ける音と共に、眩しい光が目を刺してくる。

「う、うーん…… もっと、寝かせて……」

 窓から真っ直ぐ入ってくる日の光が目にいたくて、私は慌てて布団に潜り込んだ。

「いつまで寝ている 起きろっ!」

 モグラのように布団にもぐったのも束の間、無慈悲にその布団を引きはがされる。

「休みの日なのに……って、あら、三成」

「名前。お前いつまで眠りこけてるつもりだ。怠惰だぞ!」

 お隣で幼なじみの三成がカーテンを掴んで、目をつり上げていた。

「あー…… おはよ」

「おはようだと? 今、何時だと思っている!」

 私はベッドサイドの時計を見る。

「まあ、午前中じゃん。午後におはようって言ったらおかしいけど、これなら全然……」

「言い訳するな! 完全な寝坊だ!」

「いや、だって、昨日は遅かったし……」

「ゲームとネットで夜更かしは、言い訳にもならん」

「てか、見てたの?」

 思わず、部屋にカメラがあるのかと見渡してしまう。

「名前の行動など、わざわざ見なくても分かる」

 うわ、何か腹立つな。でも、確かに行動を読まれてる。

「母さんが起こしに行けって言ったの?」

「…………」

 三成は窓の前に立ったまま、顔をプイと横に向けて黙って頷いた。というか、さっきから顔を、目をこちらに向けてくれない。
 怒ってる?
 私、何かしたっけ?
 まあ、神経質な三成は、いつも怒ってるような話し方や態度なんだけどさぁー。

「何か怒らしたっけかな?」

 三成はちらりと視線をこちらに一瞬向けると、すぐに目をそらした。
 私は、何よ何よとのぞき込む。

「早寝早起きと、挨拶に厳しい三成が、どうして目を合わせて『おはよう』してくれないかなぁ」

「うるさい、名前。私は階下に降りる。すぐに着替えてこい」

 三成は私を無視するかのように、開いているドアをくぐって階段を(私の部屋は一戸建て二階)おりようとする。

「ねー、私、何か怒らしたっけ?」

 私がもう一度問うと、三成が怒鳴った。

「ボタンが開いているっ!」

 え?と思う間もなく、三成の耳が赤くなった。そして怒ったような困ったような三成は、そのまま階段を降りて行ってしまった。

「ボタン……?」

 私は意味が飲み込めず、ぼんやりと自分を見下ろす。

「あ……」

 パジャマの第二ボタンがはずれていて、うっすらと胸の谷間が見え……てないよ。肌がちょっと出てるだけじゃん。
 といっても、三成がどうしてこっちを向かなかったか分かって、何というか、気恥ずかしくなった。


********


 着替えて下に降りると、父親はゴルフに。兄弟たちもそれぞれ出かけていて、母は庭で洗濯物を干している。
 三成はといえば、リビングのソファに座ってテレビを見ていた。
 って、あんた、人んちで何くつろいでんの? まあ、いつものことだけど。

 リビングのサッシを開けて、母に声をかける。

「おはよー」

「名前が一番の寝坊よ。朝ご飯、台所のテーブルね。さっさと片しちゃって。あ、三成君が」

「起こしに来た」

「そうそう。遊びに来たわよ」

 だから、情報遅いって、母上様。三成が起こしに来てくれたんだって。まあ、彼は、私の兄弟たちに用があったのかもしれない。それで誰もいなくて、残ってた私に声をかけたのかなぁー。
 だってさ、高校生にもなって、別の学校(私は女子校)に進学しちゃったら、幼なじみといえども、疎遠になるもんだよね。同性ならまだしも、異性だし。趣味とか話すこと違ってくるもん。

「兄貴に用があったの?」

 台所に向かいながら、三成に声をかける。
 台所の机には、白い皿が二枚。うちの朝食はいつも一緒。
 バタートースト、目玉焼き、ハムとキュウリ、レタスのサラダにプチトマト。ドレッシングはお好みで。

「いや……」

 せわしなく、リモコンでテレビをザッピング(番組をコロコロ変える)しながら、三成は答える。

 うちの兄貴は剣道をしている。三成も。同じ道場生で、三成は全国大会の常連だ。てっきりその事で来たのかと思った。

「名前は、こんなに寝坊したのだ。今日は用事がないのだろう!」

 図星です。

「なっ、別に、そ、そんな事はないもん。もしかしたら、友達から遊ぼうメール来るかもしれないし。もしかしたら、母さんと買い物に出かけるかもしれないし」

 もし、かも、もし、かも…… 何か、寂しい言い方だな、コレ。

「そんなのは用事とは言わない!」

 断定される。ううっ…… 確かに日曜の昼前に朝ご飯食べる女子高生に、用事は今のところないわよ。

「貴様は朝食をとったら、私と出かける。私は今日から封切りの映画を観に行く予定だ」

 え? と、私は顔を上げる。三成はテレビを凝視したまま。今も忙しくザッピング中。

「……私と?」

 ここには私しかいないのに、間抜けな質問をしてしまった。

「拒否は認めない」

 三成の横顔は不動のまま。いや、ほんの少しだけ耳が赤い。そして、多分、私の頬も。

「う、うんっ。あ、あのっ、私、行く」

 それが、たとえ、苦手なジャンルの映画でも、興味ない話でも、全然構わない。だって、三成が誘ってくれたんだよっ!

「だ、だったら、さっさと食べてこい!」

 三成が怒鳴る。ああ、でも、全然、腹がたたなくて、私は素直に台所に行った。が、すぐに私の悲鳴が響きわたる。

「って…… なんじゃ、こりゃあぁぁ!?」

「どうした?」

 三成がソファから立ち上がって、こちらに来た。
 私は多分、自分の朝食であろう皿を指さして喚いた。

「目玉焼きの黄身がない! 白身だけになってる! サラダにはいつものハムがないっ! 何よ、これ!?」

 うちには、犬も猫もいないぞっ!

「私が食べてやったのだ」

 三成の発言に、私は目を剥く。

「はあぁぁっ!? 何、それ!?」

「名前はダイエットすると言っていたではないか。毎朝、サラダとヨーグルトにすると」

 三成は冷蔵庫からプレーンヨーグルトを出して手渡した。

「だから、卵とハムは食べないようにしているのだろう? トーストもバターたっぷりだから、食べてやった。礼はいらん。感涙にむせぶな、さっさと食べろ」

 感涙じゃないわよ、バカっ!
 サラダダイエットなんて、三日坊主以前に出来なかったわよっ!

 前に雑談で話していたことを、三成が覚えていてくれたことに感動しながらも、私は半分になった朝食を恨めしげに眺めた。
 せめて、コーヒーに砂糖を入れよう。

 庭で母が笑っていた。
 私は、フンと鼻を鳴らす。
 いいもん。三成と映画行っちゃうもん。彼が怒ろうがどうしようが、キャラメルポップコーンを買ってやるんだから。
 生真面目で融通きかない幼なじみとのお出かけは、波乱含みかもしれない。
 でも、幸せだった。


『君が異性に変わっていく』








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