普段とは違う、白で彩どられた夜の街並。
何所か神秘的な静寂を感じるのは、何色にも染まっていないその『白』のせいだろうか。
「――うし」
そんな光景を窓の外に、イヴは一人、扉の前で深呼吸をしていた。
その面持ちは真剣そのものであり、まるで今から戦争にいくかのように険しい。
いや――まさに『戦い』と言っても過言ではない。
なにせ今日は、一年にたった一度だけのX-masなのだから。
† † †
「ティキー」
意を決した後、ガチャリと扉を開いては、部屋の中にいるだろう人物の名を呼ぶ。
部屋と言っても個人の部屋ではなく、屋敷のリビングとも言える場所。
人が集まる場所であり、やはりというべきか、ソコには目当て以外の人物の姿もあった。
「あ、イヴ〜♪」
真っ先に反応を示したのは、レロで遊んでいたロード。
さも「新しい玩具が来た」といわんばかりの瞳なのは、恐らく気のせいではないだろう。
「ヒヒッ、丁度良いところに!」
「飾りつけ、お前も手伝えよな」
次に話し掛けてきたのは、大きなクリスマスツリーを飾り付けているジャスデビ。
一見時代誤差上等の奇抜なパンクファッションの二人だが、中身は至って子供である。
表面でこそ「ガキくせー」と言いつつも、内心では一番楽しみにしていそうだ。
「お前らな……。俺の名前呼ばれてんの気がつかないわけ?」
そして最後に声を出したのが、目当ての人物事ティキだった。
相変わらず自己中心的な子供達三人に、呆れたような表情を浮かべている。
「んで、何?」
「あの……ちょっと、話があるから、一緒に来てもらってもいい?」
ソファに座ったまま話し掛けるティキに対し、何所と無く言いずらそうに答えるイヴ。
その表情は何所か気まずそうであり、躊躇しているという雰囲気も伝わってくる。
恐らく、あまり良い話ではないのかもしれない。
「何々〜? 別れ話ぃ?」
「うっわ、クリスマスに振られるなんてキッツー」
「ざまぁって奴だね、ヒヒッ!」
そう感じたのはティキだけではなかったらしく、子供達三人の笑い声が響く。
他人事だからと言って……いや、寧ろイヴを取られた事を妬んでいるからこそ、その言葉も全くもって容赦がない。そこら辺のナイフよりも鋭そうだ。
「んな訳ねぇじゃん。なぁ、イヴ?」
心なしか……というよりも、はっきりと顔が引き攣りながらイヴへと尋ねるティキ。
だが、振り返った時には既に其処にイヴの姿はなく、既に廊下の先を歩いていた。
その背中が何となく遠くに見えるのは、多分、子供達の言葉のせいだろう。
嫌な予感を振り払うかのように軽く頭を振っては、ティキもまた廊下を歩きだしていく。
「ティキが振られる方に五ギニー」
「デロも、ヒヒッ」
「それじゃ賭けにならないでしょお。ここは、ティッキーが別れる事を承諾するかしないかにしなぁい?」
「よし、ホームレスは別れないって言うけど、イヴに邪険に扱われるに五ギニー」
「ヒヒッ。イヴに別れを告げられた事がショックで反論もできないに五ギニー!」
「ん〜じゃ、別れたくがない為にイヴに襲い掛かるに五ギニーにしよっと」
……やはり、この三人の言葉はナイフよりも鋭く、また鈍器よりも強烈のようだ。
† † †
よもや三人がそんな賭けをしているとは露知らず、イヴとティキは廊下を歩いていた。
子供達が余計な……というより、恐ろしい事を平然と告げたせいだろうか。
ティキの表情は薄らと顰められ、振り払った筈の嫌な予感が思考を埋め尽くしている。
もし……もし、本当に別れを切り出されたなら、自分はどうすればいいのだろう。
イヴの気持ちを尊重し、大人らしくソレを承諾すればいいのだろうか。
――いや、とてもじゃないが、そんな『大人』の対応ができるとは思えない。
いざ言われたとなると、イヴに縋ってまで「嫌だ」と言ってしまいそうだ。
或いはショックが大きすぎて、ただ茫然としてしまうだけかも。
それとも――離したくがない為に、無理にでも心身共に閉じ込めてしまう恐れすら……。
「ティキ?」
「!」
名前を呼ばれた事で顔を上げれば、前を歩いていた筈のイヴが背後へと立っていた。
どうやら考え事をしていたせいで、イヴが止まった事に気がつかなかったようだ。
或いは、話というのを聞きたくが無い為に、止まりたくなかったのもしれない。
「それで……話なんだけど」
そんなティキの心境を知ってか知らずか、イヴの口からポツリ、ポツリと言葉が零れる。
やはりイヴの顔は薄らと曇っており、また、やや下へと俯いた状態で話をしていく。
まるで視線を合わせる事すら嫌がっているように見え、急激にティキの心臓が早鐘を打っていくのが分かる。
「あの、言いだし難いんだけど……実は」
「や、ちょっと、まっ「おヤ?v」
最早嫌な予感しかしなかった為に、イヴの言葉を遮ろうと声を出すティキ。
だが、ソレよりも早く、第三者である長の声が辺りへと響いたのだった。
「二人共、こんな所で何をしているんですカ?v」
「あ……な、なんでもない! ごめんティキ、また後で!」
「へ? あ、おい」
何所からともなく千年公が現れたかと思えば、突然イヴの身体がクルリと反転する。
咄嗟に引き止めるようにティキが声を上げるも、イヴの脚は止まる事はなく。
まるで逃げるかのように、パタパタと廊下を走り去っていってしまった。
「――……はぁ〜」
数秒と立たずしてイヴの姿が消えては、ティキの口から深い深い溜息が零れ落ちる。
今の気分は、差し詰め処刑宣告を先延ばしにされた囚人と言った所か。
「千年公、助かったぜ……」
「ハイ?v」
根本的な解決にこそなってはいないが、それでも『今』を凌げた事は変わらず。
その場へとしゃがみ込みながら礼を告げる男に、弁護人……もとい、千年公は一人首を傾げていたのだった。
† † †
そんな一種の危機的出来事から数時間。
折角のクリスマスであるにも関わらず、ティキに「甘い雰囲気」という物はやってこなかった。というより、自ら恋人であるイヴを避けていたと言った方が正しいだろう。
彼女から話し掛けられても、軽く受け流したり。
話し易いようにと、人気のない所へと連れて行かれる前に逃げ出したり。
わざと人気の多い所で時間を潰したり……と、何とかイヴの「話」を回避していた。
「はぁぁ……何してんだろ、俺」
人気のなくなった廊下を歩きつつ、自嘲というよりも情けない声が零れる。
時刻は既に日付変更間近。これでは本当に折角のクリスマスが台無しだ。
最も、クリスマスを喜ぶような歳でもなければ、興味があるわけでもないのだが。
「逃げ回ってたって仕方ねぇよな……」
誰に告げるでもなく、つい言葉が零れてしまう。
このままでは何も解決しないと、ティキ自身分かってはいる。
分かってはいる――のだが、それを受け入れる事ができない。
どうやら自分で思っていた以上に、恋人に溺れ、また依存してしまっているらしい。
「はぁ……」
できるなら別の形で気付きたかった、と言うかのように、深い溜息が口から零れていく。
それでも、目的地である自室へと戻る為に廊下の角を曲がった……その時。
「ティキ」
「……ぅ」
まさに今ままで考えていたイヴが、ティキの部屋の前へと立っていたのだった。
本来なら……それこそ普通のクリスマスだったなら、なんとも『美味しい』状況だろう。
聖なる夜に愛しい恋人との二人きり。実に充実したクリスマスである。
ただし、悪役である自分達が『聖なる夜』を祝うというのも些か違和感があるが。
「お願いがあるの」
本日何度目かの台詞を告げるイヴに、思わず顔を背けて、耳を塞ぎたくなる。
それでもソレをしなかったのは、今度こそ逃がさないと言うかのように、イヴに両手を掴まれていたせいだろう。
と言っても、優しく握るかのような握力であり、また上目遣いで話し掛けてくる仕草はこの上なく可愛い。『別れ』話でなければ、今頃部屋の中へと直行していそうだ。
「あ……あのさ、明日にしてくんね? 今日はもう疲れたっていうか、眠いっていうか」
「五分も時間取らないから。それに――今日じゃないと駄目だし」
視線を合わせる事ができないものの、それでも逸らしたくはない複雑な心境。
そんな気持ちを抱えつつも言葉を告げれば、イヴからも似たような声色が返ってくる。
まるで焦っているかのような、切羽詰っているかのような、イヴらしからぬ声。
「あのね……」
その声に益々ティキの不安が募っていくも、イヴはゆっくりと言葉を繋げていく。
「その……凄く、言い難いんだけど」
見上げていた顔を微かに俯かせては、必死に言葉を選んでいるのが分かる。
――ああ、やっぱり。俺、振られんのか……。
予感が確信になり、不安が焦りへと変わる。
イヴの事が好きだからこそ、彼女の気持ちを受け止めなければいけない。
そう自分に必死に言い聞かせては、次の言葉をひたすら待ち続ける。――と。
「……キ、キキ……キス、してほしいんだけど……」
「――……はい?」
予想していたものとはまさに間逆な言葉に、思わず情けない声がティキから零れていた。
その表情は唖然というべきか、それとも茫然というべきか。
どちらにしても、声同様に情けない表情であるのは間違いない。
「え……っと、ごめん。今、なんつった?」
「だっだからっ、ここで、その……き、キス……してほしいって」
ティキの問いに初めこそ声を荒げるイヴだが、肝心な部分は辛うじて聞こえる程の小声。
どうして小声なのかは、耳まで赤く染まっている顔を見れば一目瞭然である。
――と、いう事は?
「へ? え、は? ちょ、なんでキス? まさか、別れの前のキスとか?」
「え……別れ? 私はただ本で『クリスマスに常緑樹のでキスをするとずっと一緒に居られる』っていう話を読んだから……」
でも、常緑樹があるのはリビングか部屋の前に飾られてるリースだけだし……。と告げては、扉に飾ってあるリースへとイヴの視線が向けられる。
恐らく、リビングでは人が多いが為に、リースの下へと連れてこようとしたのだろう。
言われてみれば、一番最初に連れて行かれた場所もイヴの自室の前。――つまり、今と同じリースの下だ。
「――はぁああ〜〜」
「わっ! ティ、ティキ!?」
今日何度目の、それこそ今日一番と思われる程に深い溜息を零しては、目の前にいるイヴへと身体をもたれ掛けさせる。
どうやら本当に別れ話等ではなく、ただのティキの『杞憂』だったらしい。
いや、物の見事に子供達の『戦略』にはめられたと言うべきか。
「あいつらめ……」
「へ?」
「あいつ等?」と、首を傾げるイヴに対し、「なんでもない」とイヴの肩へと埋めている顔に苦笑を浮かべるティキ。
今日だけで寿命が何年か縮んだ気さえするが、まぁ、特別に許してやるとしよう。
何せ今日は年に一度のクリスマス。
これもまたクリスマスプレゼントだと思えば、不思議と腹は立ってこなかった。
……最も、できるなら二度と同じ目には会いたくないが。
「それで、もう時間がないんだけど……してくれ、る?」
やはり言い難そうに、それでも先程とは明らかに違う声色で尋ねれば、二人の影が重なるまで――そう、時間は掛からなかったのだった。
( へ た れ 王 子 )
「でも、何で私の事避けてたの?」
「や、避けてた訳じゃなくてだな。あれはその……そう。少しだけ距離を置いて、俺の有り難味をわからせるっつー、俺からのプレゼントな訳よ。うん」
「……次からは違うプレゼントにしてよね」
「(あれ、もしかして結構効果あったのか?)ん、勿論。所で――」
「うん? ――あわっ!?」
「俺もイヴって言うプレゼントが欲しいんだけど、もう食べてもいい?」