大人をなめんじゃねぇぞ。




「はぁ〜……疲れた」


深い溜息を落しつつ、一人屋敷の玄関から部屋に続く廊下を歩いていく。
何だか最近やけに仕事量が多くなったのは気のせいだろうか。
無駄に暗殺人数が多かったり、正反対の場所に位置する国への使いだったり……。
俺が一体何したんだっつの。


「最近、イヴともまともに話してねぇしなぁ」


イヴ。俺の可愛い可愛い恋人。
別に惚気てる訳じゃねぇけど、表情はころころと変わるし、気立ても性格もよくて、何より"からかい甲斐"があって本当に可愛い。ずっと苛めていたいぐらいだ。――あれ、なんかやっぱり惚気になってる気がする。……まぁいいか。


「早くイヴに会いに行くとするか」


疲れてる時は甘い物が良いっていうけど、俺の場合はイヴが一番の特効薬。
恋人の色目や例え話とかではなくて、本当にイヴの傍にいると心が安らぐんだよな。
実際俺以外にも効果があるようで、彼女の傍には何時も誰かしらが居る。
特に多いのがロードと双子。もしかしたら俺よりも長い間一緒に居るんじゃ……。
……なんか、ちょっと苛ついてきたかも。


「よし、決めた」


残りの仕事は明日に回すとして、今日は一日中イヴの傍に居よう。
ここ暫く寂しい思いさせただろうし、じっくりゆっくりねっとりと今までの時間を埋めてやんねぇとな。ついでに身体の方も。
そうと決まれば早速イヴの部屋へと――。


「あ、ティキ! おかえりなさい!」


向かおうとした所で、通り道だったダイニングの中からイヴが現れた。
しかも珍しいエプロン姿。何だこの素晴らしいタイミングと組み合わせは。


「ん。ただいま」

「今ロードとジャスデビ達のお昼作ってたの。ティキも食べる?」

「イヴが作ってんの?」

「うん、前に一度作ったら評判でね。それからちょくちょく作ってるんだ」


ちょくちょく、だと?
俺だってまだイヴの手料理食べた事ないってのに、あいつ等め……!


「直ぐ作るからテーブルで待ってて。――あ、ちゃんと手、洗うようにね」


子供達のお手本にならないと。と、緩い笑みを浮かべるイヴに、思わず心臓が高鳴る。
やっべ……その笑顔は反則だろ。
幼い顔とは裏腹に、何所か大人びていて優しい笑顔。
多分、母性的っていうのは、ああ言う顔をいうんだろうな。


「Hola.ティッキー」

「お、今日はやけに早ぇじゃん。ホームレス」

「ヒヒッもしかしてサボリ?」


にやけてしまいそうな顔を押さえつつも、イヴに言われた通りダイニングの中へと入る。
中には先程イヴが言っていた三人の姿があって、双子は食事中。ロードは既に食べ終わった後らしい。……お。オムイラスか。


「お前等と一緒にすんなっての」

「ああ? 俺等だってちゃんと仕事終わらせてきたぜ。なぁ、ジャスデロ」

「バッチリ。ヒッ!」

「そういえば、なんかティッキー久しぶりだよねぇ〜」


姿が見えないからまた放浪してるのかと思ってたよぉ。と笑いながら告げるロードに、テーブルへと頬杖を付きながらも「仕事に決まってんだろ」と、言葉を繋げる。
俺だってできるなら【白】の生活を堪能したいわ。勿論イヴを連れて。


「ふーん……。それでイヴ、最近元気なかったんだ」

「ヒッ、なんか空元気っぽかったよね」

「へ?」


スプーンを咥えたままポツリと呟いたデビットに、更に言葉を繋ぐジャスデロ。
あのデビットからそんな言葉がでるのも驚きだけど、それよりも内容に首を傾げてしまう。
別にさっき会った時は、普通……だったよな?


「そりゃ、ティッキーには見せたくないんじゃなぁい? 心配掛けたくないだろぉし」


でも元気がなかったのは事実らしい。部屋に居るよりも玄関前のリビングにいる事が多く、よく扉を見つめては溜息を落としていたとか。
それってつまり……俺を待ってたって、受け取ってもいいのか?

――やべ。ちょっと、いや、かなり嬉しいかも。

寂しい想いをさせちまったのは悪いと思うけど。でも、心配してくれていたのかと思うとそれ以上に嬉しくて、それ以上に愛しいと思える。
何だか座っている時間すら勿体無く思えてしまって、椅子から立ち上がっては、イヴの居るキッチンへと向かった。


「イヴ〜」

「ん? うわっ!」


キッチンではイヴが鼻歌交じりで調理していて、明らかに機嫌がいいのが分かる。
その後ろ姿すら無性に愛しく思えて、調理しているにも関わらず背後から抱きついた。
相変わらず女性っぽっくない悲鳴だけど、それすらも可愛い。


「俺が居なくて寂しかった?」

「は、はぁ!?」


背後から抱きしめながらも、耳元で小さく言葉をかける。
途端にイヴの身体が小さく震えては、キッチンへと大きな声が響く。


「りょ、料理中だから離れてってば!」


言葉と共にジタバタと身体をもがかせるイヴ。でも耳まで赤く染まっていて、『料理』だけが理由でない事が手に取るように分かる。
相変わらず素直じゃねぇな〜。――ま、ソコが可愛いんだけど。


「寂しい思いさせてごめんな?」


今日はずっとイヴと一緒にいる。と、言葉と共にイヴの頬へと軽くキスを落す。
その途端にやっぱりイヴの身体が震えていて、まさに予想通りの反応である事に、つい俺から笑い声が零れてしまっていた。あ〜……なんか、もうこれだけでマジ癒される。
ずっとこうしてたいわ……なんて思いつつ、イヴの後頭部へとキスを落としている、と。

 ―ガッシャーンッ

という皿が割れるような音が、ダイニングの方から聞こえてきた。


「んだと! もう一回言ってみろ、ロード!」


……ついでに、毎度の事ながら怒ってるデビットの声も。


「べっつにぃ〜。ボクは本当の事言ったまでだしぃ?」

「ああ!?」

「ヒッ! デ、デビ。落ち着くッス!」

「うるせぇ! お前はあんな事言われて悔しくねぇのかよ!」


おーおー、デビットの奴すっかり頭に血が上ってんじゃん。相変わらずガキだな。
なんて事を思っていると、ふと、腕の中の感触がなくなっている事に気が付く。
あ? どんな感触かっていうと、そりゃ暖かくて柔らか……って、違うだろ!


「あれ、イヴ?」

「ほら三人共、喧嘩しないの!」


何所に行ったのかと辺りへと視線を向ければ、ダイニングからイヴの声が。
どうやら毎度の喧嘩に、毎度の事のように止めにはいったらしい。


「今回は何があったの?」

「別に。何でもねぇし」

「そーそー。対した事じゃないよぉ」

「ヒヒッ」


対した事じゃねぇなら喧嘩すんなよ。
こちとら折角いい雰囲気だったっつーのに。
――いや、まだ諦めるには早い。何とか先程の雰囲気に戻す事ができれば……。


「――ん? なんか焦げ臭……って、おおい! 火ッ、火!」

「へ? あーッ!」


妙に焦げ臭い匂いがした事で再び辺りへと視線を向けると、加熱していたフライパンからプスプスと黒い煙が立ち込めていた。すっかり忘れてたけど調理中だったんだよな……。
幸い俺が近くに居た事で、フライパンから炎上する事はなかった。ものの、料理の方は物の見事に黒こげになっていて、食えたものではなさそうだ。


「ご、ごめんティキ! すぐに作り直すからっ」

「いやいいよ。そんなに腹減ってた訳でもないし――それに」


再びイヴがキッチンへと戻ってきた事で、チャンスと言わんばかりに身体を抱き寄せる。
やっぱり突然の事で驚いた声が聞こえたけど、構わずにイヴの両頬へとそっと触れ。


「今は食事よりも、イヴが食べたいし」

「――なっ! なななな……っ!?」


イヴにだけ聞こえるような小さな声で呟けば、再び一瞬にして首まで赤く染まる。
よし、作戦成功! 何とかムードも取り戻せたし、後は部屋へと直行するだk……

 ―ポンッ


「ん?」


そう勝利……というとちょっと違う気もするけど。まぁ、確信したと同時に、突然、情けない音が辺りへと響いたような気がした。
それはイヴも同じだったのか、俺よりも先に音に反応の声を零したかと思えば、ふと視線を足元へと向け――。


「……ヒッ!?」


ジャスデロの口調を真似たような悲鳴が、イヴの口から零れていた。
って、悲鳴? 何で悲鳴を……。そう思いながらも俺もまた視線を落す。
するとソコにいたのは。


「いっ、いぎゃああああッ! ねこっ、猫ォォ!!」


白い毛並みをした小さな猫の姿だった。
普通の女性なら触りたくなるような可愛い猫なのだろうけど、イヴにとっては例外。
寧ろ悲鳴をあげては、俺の元――正確には猫の元から走り去っていってしまった。

……って、オイ。

色々とおかしいだろ。なんでここに猫がいるんだよ。この屋敷に動物は居ない筈だぞ。
大体タイミングからしても良すぎんだろ。
あれ、これってもしかして誰かわざとやってる?
わざと俺達の……というか、俺の邪魔してる?

そんな事思っては、まるで錆びついた機械のように辺りへと視線を向ける……と。


「あ〜あ。逃げられちゃったねぇ、ティッキー」

「ハッ。こんな所でやってっからだろ」

「ヒヒッ、自業自得ッス」

「あーうん。分かってたけどやっぱりお前らの仕業か」


さっきの音からしてかとは思ったけど、本当にこいつ等の仕業らしい。
とすると、多分さっきの喧嘩もわざとなのだろう。マジぶっ殺すぞ。
人の恋路を邪魔する奴はロバに蹴られて死んじまえよ。


「それを言うなら馬だ。バカティキ」

「普通ロバと馬は間違えないっしょ〜?」

「ヒッ、ティキは普通じゃないから間違えるんじゃない?」

「そりゃ言えてんな」


そう好き勝手言っては好き勝手笑うガキ三人。
何こいつ等。何でそんなに俺の事目の仇にしてる訳?
俺なんかしたか? こいつ等の気に障ることでもしたっけか?


「別に。ただの暇つぶ

「ヒヒッ! イヴを取られた腹いせッス!」

「ボク等はまだ、ティッキーをイヴの恋人として認めてないんだかんねぇ〜?」

「はぁ?」


認めるも何も現に俺たちは恋人だし?
つーかただの僻みかよ。これだからガキは……。


「うっせぇ! ともかく俺達の前でいちゃつくんじゃねえ!」

「とことん邪魔してやるッヒ!」

「イヴは簡単には渡さないもんね〜」

「ああ? 望む所だっつの」


睨みやら不敵の笑みを浮かべている三人に対し、俺もまた目つきを鋭くさせる。
確かにイヴは俺には勿体無いかも知んねぇど、でも諦める気も、渡す気だってない。
そっちがその気なら、こっちだってトコトンやってやろうじゃん。大人なめんなよ。

――とまぁ、そんな訳で。
よく分からないロード達との戦いの日々が始まったのだった。



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