「ティッキー、Trick or Treat?」

「は?」


屋敷に帰ったと同時にロードが現れ、言葉を発するよりも先に片手を突き出してくる。
と言っても容赦無い攻撃を繰り出した訳ではなく、何かを企む、もとい強請っているようだ。


「何この手」

「だから〜、Trick or treat.っていってんじゃん」

「ナニソレ?」


Trick or treat.

直訳すると【Trick=仕掛け】【Treat=もてなす】
という事は――。


「仕掛けをもてなす?」

「チゲェし」


幼い外見とは裏腹にチッと悪態をつかれては、ちょっぴり引いてしまったティキだったとか。


「それを知らないって事はハロウィンも知らないんだぁ?」

「ハロウィン? ハロウィンは4月30日だろ?」

「はぁ〜? あ、そーいえばティッキーってポルトガル出身だっけぇ? そのハロウィンとは違うだよねぇ。10月31日のハロウィンは、『Trick or Treat. お菓子をくれないと悪戯するぞ』って言ってお菓子を貰う日なんだよぉ」

「なんだ、ただの『たかり』か」

「まぁそれなりに意味があるんだけど、説明するの面倒だからどーでもいいし」


それよりお菓子はー! と子供のように『たかる』少女に、「あ〜?」とそれこそ面倒くさそうな声を上げるティキ。

勿論そんな日だとは知らなかったのでお菓子など用意している筈もないのだが、それをこの少女に告げたものならどんな『悪戯』をされるか。
というよりこの少女の事だから、元々ティキがお菓子を持ち歩く性格ではない事を知った上での行動なのだろう。
つまり最初から何かとんでもない悪戯をするつもりだったに違いない。

危険だ。悪戯を選ぶのはあまりにも危険すぎる。

何かお菓子は……せめて飴の一つでもないかと、自分のポケットというポケットを荒らしている、と。


「――お?」


なんと奇跡に近い確立で、いや天文学的確立で一つの小さな飴を発掘したのだった。
何故飴を持っているのだろうとティキ自身忘れかけていたが、その包装紙をみては「あ」と理由を思い出す。


「そーいやイヴから貰ったんだった」

「あ。飴だー!」


手の上にあった飴を見るなり、言葉も聞かずに 掠め取る もとい受け取るロード。

確かその飴はティキの声が若干掠れているとの事で、イヴから貰った物らしい。
それも半年前に。
つい食べるのが勿体無くてそのまま所持していたのだが、まさかこんな所で役に立つとは。(決して忘れていた訳ではないと自己弁解する26歳)


「ちぇ〜、ティッキーなら持ってないと思ったのになぁ〜」

「(助かったぜ、イヴ…!)」


やや不満そうな声をあげるロードだが、その手にはしっかりと飴が握られており、どうやら最悪の事態(悪戯)は免れたようだ。
よもや渡した当人ですらそんな使用方法と所持期間を有するは思わなかっただろうが、まぁ彼の身を助けた事には変わらない訳で。
渡してくれた恋人に、心の底から感謝するティキの姿があったのだった。


「んでそのイヴは?」

「部屋にいるよぉ」


いや、この気持ちは感謝を述べるだけでは足りない。
ここは直接感謝の気持ちを表現せねば。


「(いい事も聞いたしな)」


早速(半年前の)飴を食べようとしているロードをその場へと置いては、彼女が居る場所へと足を進める。

――Trick or treat.
お菓子をくれなきゃいたずらするぞ。

大々的に『悪戯』が出来るなんて、実に良いイベントだ。
いや、恐らくイヴの事だからお菓子、特に飴を所持しているかもしれない。
そうすると『悪戯』は出来なくなってしまうが、その場合は素直に甘い物を貰うとしよう。
そう、自分だけが食べる事を許されている、この世で一番甘い甘いお菓子(恋人)を。


「イヴー」


ガチャリ、と閉まっていた部屋の扉を開けては、どう悪戯…もとい料理しようかと考えながら恋人の名を呼ぶ。

扉を開けて直ぐに視界に入るのは豪勢な天蓋付きベッド、しかもキングサイズときた。
元々はダブルサイズだったのだが、広い方が暴れ……もとい、寝ぼけて落ちる心配もないという事で テ ィ キ が千年公へと交渉して買って貰ったものである。

最も今はその上に恋人の姿はなく。
軽く視界を動かしては、テラスの隣に設置されているソファに座っている人影を見つけた。

扉からは背を向けている為に顔こそ見る事はできないが、その髪とここが自室である事から持ち主以外は考えられないだろう。


「イヴ?」


本来なら名前を呼べば直ぐに反応が帰ってくるものの、今回に限ってそれがなく。
もしかしたら眠っているのだろうかと、小さく首を傾げながらソファへと近寄る。


「ん、起きてんじゃん」

「うわっ!?」


背後から顔を覗き込ませれば途端にイヴから驚いた声が零れ、同時に足の上に置いてあった本がコトン、と床へと落ちる音が聞こえてくる。
どうやら本に夢中で周りの音が聞こえなかったようだ。


「び、びっくりした!」

「俺はちゃんと声かけたけど?」


驚愕から高鳴っている胸を押さえながら告げるイヴに、隣へと腰掛けながら「2回も」と言葉をかけるティキ。
最もノックし忘れていた事は当然ながら秘密である。


「そ、そっか。読み耽ってて気が付かなかった。あーでも本当にビックリした、突然現れたから迎えにきたのかと思ったよ」

「迎え?」


ちぅっとイヴの目尻にキスしながら、聞こえてきた言葉の意味を尋ねるように復唱する。

もしやこれから何所かに出かける用事でもあるのだろうか?
だとすると折角立てた計画(悪戯)が……!


「うん。ハロウィンって知ってる? あ、諸聖人の日の方のね」

「あ? あー、まぁそれなりに?」

「へぇ、ポルトガルって4月のハロウィンしかないから、知らないかと思った」


別の意味でビックリ! と、自分の肩に腕を回している男へと視線を向ける。
その瞳は心なしか輝く…というよりも、尊敬しているかのようであり、ついロードから聞いたばかりである事を言い損ねてしまったとか。


「この本面白いんだよ。ティキも読んでみる?」

「いや、俺はいいよ。それより、そのハロウィンd」

「えー、ティキも読んでみなって! 軽く説明するとね、ハロウィンってさっきも言った諸聖人の前日って意味なんだけど、この本では収穫祭と悪魔……千年公が作る奴じゃなくて、仮想上の悪魔の方ね。 その話が乗ってて、仮装するのはサウィンっていう悪魔から身を守る為なんだって。 そのサウィンっていうのは死者を甦らせる、って言っても生前のように意志がある訳でもから、これも何だか千年公のアクマに近いよね。 仮装して身を守るのも死者…つまり仲間と見間違わせる為なんだって。 この悪魔そうとうド近眼らしいよ。んでしかも年に三人、仮装していない女性を『迎え』にくるんだって。 なんでもお嫁さんにするとか。 その見返りに豊穣をもたらすらしいんだけど、悪魔のお嫁さんになるなんてちょっと嫌だよね。 まして死人に囲まれて過ごすなんて。 あ、でも私達もアクマに囲まれてるからある意味似たようなものかなぁ。 それと勿論これはただのお伽噺で、サウィンっていうのは悪魔じゃなくてお祭りの名前みたい。 収穫祭なのは変わらないんだけど――って、ティキ?」


つい話に夢中になってしまったものの、何時の間にか隣にいた筈の男の姿がなくなっている事に気が付いては、キョトンとした表情で周囲を見回す。
普通の部屋よりかは広い作りであるが、部屋の隅まで見渡せない訳ではなく。


「あれ、そんな所で何してんの?」

「……や、ちょっと頭痛が…」


1分と立たずしてベッドサイドの床に座り、頭だけをベッドへと持たれかけさせている男の姿を発見する事ができたのだった。

どうやらイヴの話は彼の脳の容量をオーバーさせるには十分すぎたらしく、殆んど聞き流していたにも関わらずでショートしてしまったようだ。
更に(ティキにとって)最も肝心の部分――仮装という言葉すら聞き逃している所を見ると相当重傷らしい。ある意味イヴに取っては幸いかもしれないが。

しかもショートしてしまった事で、当初の目的すら綺麗さっぱり吹き飛んでいる訳で。


「大丈夫?」

「もうダメ……」


暫しベッドに顔を持たれかけさせている男と、その背中を摩る恋人の姿があったのだった。


( 臆 病 な 中 )

 
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