「……」
「……素敵」
「……どこが?」
うっとりとした表情で告げる少女に、引いた眼差しで問い掛ける少年。
一体アレの何所に【素敵要素】が含まれているのか、少年には全く持って理解できなかった。
いや、理解したくすらない。
「アレン、目が腐ってるんじゃない?」
「その言葉、そっくりイヴに返してあげます」
眼科行った方がいいです。と、アレンが告げるものの、イヴからの反応は返って来ない。
どうやら部屋の中の光景に魅入り、アレンの声さえ聞こえていないようだ。
「はぁ〜……寝顔もカッコイイ」
二人が、と言うよりイヴが見つめている先には、二人の師である男の姿だった。
やや剛毛である赤毛の長髪に、スラリとした体躯。
端整な顔の半分は仮面で覆い隠され、もう反面では見る物を震え上がらせる程の冷眼を持つ。最も今は眠っている事でそれも閉じられているが。
だが眠っているにも関わらず、纏っている雰囲気は若輩者にはない落ち着いた大人のもの。
それでいて悪い男特有のフェロモンすら醸し出しているのだから、誰だってクラリとするに違いない。
「が、眼科よりも、頭の検査をして貰ったほうがいいんじゃないですか?」
そう、うっとりと告げるイヴにを隣に、アレンは瞳だけでなく体まで仰け反らせていた。
顔は明確な程に蒼白し、また体全体に鳥肌まで立っているようだ。
勿論、寒気からではなく、イヴの【乙女ヴィジョン】に対する恐怖からである。
(一体"アレ"の何所をどうみて、そんなに風にみえるんだ?)
湧き上がる鳥肌を押さえつつ、チラリと、中で眠っている師事クロスへと視線を向ける。
テーブルには組んだ足が乗り、床には空となった酒瓶の山。
そのせいで部屋は酒の匂いが充満し、外に居ると言うのに気分が悪くなる。
きっとイヴの言う"クラリ"とは、この酒に違いない。或いは彼女もまた酔っているのか。
何より酷いのが、部屋の外にまで零れている大きな鼾(いびき)。
よく宿の者が怒ってこないと、別の所で感心してしまう程だ。
「「こんな人が師匠だなんて……」」
溜息と共に零れ落ちる言葉。
発言こそ綺麗に重なってはいるものの、その真意はまさに間逆である。
「それより、早く資金を調達に行かないと」
「後十分待って」
「長っ。普通は一、二分ぐらいでしょ!」
「大丈夫。師匠なら何時間でも見つめてられる」
「それなんて言うか知ってます? ストーカーって言うんですよ」
「ただ見てるだけじゃない! 何がいけないの!」
「うざいんで逆キレしないで下さ」
い。とアレンが、呆れながらも平然とした表情で告げた、瞬間。
−ゴンッ
「イ"ッデェエッッ!!」
「ごちゃごちゃウルセェんだよッ、馬鹿弟子!!」
前方から金色の球体……もといティムが飛んできたかと思えば、アレンの頭へとクリーンヒットしたのだった。どうやら"飛んできた"というより、"投げ飛ばされた"らしい。
「えっ、ちょ、なんで僕だけ!?」
「人の安眠を邪魔するとはいい度胸じゃねぇか。アア?」
明らかにイヴの方が声荒げてましたよね! と、痛む頭を押さえつつ声を荒げるアレン。だが、当然この師が弟子の話を聞く訳も無く、寧ろ今にも殺しかねない程の目つきである。
「オラッ、さっさと金巻き上げてこい!」
「そ、それがエクソシストの言う台詞ですかっ!?」
「あーん? 俺に刃向かおうってのか?」
最早チンピラを通り越して、悪質な取り立て屋だ。
エクソシストとは、まして元帥と言うのは皆こういう人達なのだろうか。
それとも彼の弟子になった自分の運が悪いのか。……どちらもあまり変わらない気がするが。
「行きますよ! 行けばいいんでしょ!」
半ばヤケのように叫んでは、隣のイヴへと言葉をかける。
アレン一人でも資金調達は出来るのだが、イヴが歌って客引きをする事により、その倍は儲ける事ができるようだ。故に付き合いたくもない【観察】にまで付き合っていたらしい。
だが、そのせいで怒られたのだから、アレンが愚痴りたくなるのも当然であり。
「イヴのせいですよ」と、恨み言と目線すら向ける――ものの。
「オイ、イヴ」
「はいっ、師匠!」
クロスに声をかけられた事で、アレンの愚痴等そっちのけ。
寧ろ最初から聞いてすらいなかったようだ。
よもや、この師にしてこの弟子ありき。と、言った所か。
「ちょっと来い」
「はいっ!」
言葉と同時に軽く指を動かす師の姿に、顔を明るくして近寄って行くイヴ。
その姿はまさに、尻尾を振って喜んでいる仔犬そのものだったとか。
「何ですか、ししょおおぅっ!?」
眩しい限りの笑顔を浮かべながらクロスの隣まで近寄るイヴ、だが。
言葉を全て告げる前に腕を引っ張られた事で、語尾は半ば叫び声と化していた。
まして突然だった事で踏みとどまる事ができず。
―ぽすっ
と、そのままクロスの腕の中へと、倒れ込んでしまう。
「どうも寝づらくてな。枕代わりになれ」
「えっ? えええっ!?」
「ちょ、師匠! 弟子にまで手を出すなんて、アンタどんだけ……ッ!」
顔を赤くして混乱するイヴに対し、部屋の外から声を荒げるアレン。
幾ら他に女性が居ないからとは言え、弟子に手を出すのは間違っているだろう。人として。
「し、ししょっ。わわわわたし、こここころのじゅんびがっ!」
「うるせぇな。ただ眠るだけなんだから静かにしてろ」
だが、アレンの心配とは別に、それ以上クロスが動きを見せる事はなかった。
どうやら言葉通り【抱き枕】代わりなのだろう。
そんなに寝づらいならベッドで眠ればいいのに。と、思いつつも、アレンがそれを言葉にする事は無い。それも植付けられたトラウマ……もとい、経験により悟っているから。
「何だアレン、まだいたのか」
不意にクロスの視線が動いたかと思えば、空いている片手が床へと伸びる。
「さっさと行けっつってんだろ」
すぐ椅子の下に落ちていた空の酒瓶を持ち、振りかざすクロス。
しかも部屋の中で最も一番分厚い硝子瓶ときた。
もし直撃したものなら、瓶よりも先にアレンの頭が割れるだろう。確実に死ねる気がする。
ともなれば――。
「なんで……なんで僕ばっかりぃぃいッ!」
アレンは慌てて、且、叫び声をあげながら、宿を飛び出していったのだった。
不気味な【観察】に付き合わされただけでなく、理不尽な【とばっちり】
ましてあからさま過ぎる扱いの差と、荒すぎる人使い。
アンラッキーボーイ・アレンの理不尽な苦労は、まだまだ続く――……。
( イ エ ス マ ン)