その日の暗闇は普段よりも深い反面。

コツコツと静かな廊下を歩いていると、
ふと目当ての扉の前でしゃがみ込んでいるリーバー班長達を見つけた。


「あら?皆してどうしたの?」

「リナリー!助かった!」


一番最初に私へと気がついたのは先頭にいたリーバー班長で、
小声でコソコソと話し掛ける姿に小さく首を傾げる。

そのまま何かあったのかと話し掛けようとするものの、次々と私に寄って来たかと思えば。


「これ、コムイ室長に渡しといてくれ!」

「え?」

「おねがいしまっす」

「ええ?」


皆して大量の書類を渡したかと思えばまるで逃げ帰るように居なくなってしまい、
突然の皆の行動に訳が分からず、荷物を持ったまま暫し茫然。

(…一体なんなの?)

そう思いながらも慣れた手つきで扉のドアを開けようとして、
中から聞こえてきた声にピクリと反応した。


(――そういうこと、ね)


できるだけ音を立てないようにこっそりとドアを開けばよりはっきりと聞こえてくるのは、
部屋の主である兄さん――ではなくてその恋人のイヴの子守唄で。

そっと部屋の中へと視線を向ければ、
デスクの正面に設置されたソファで寄り添いながら座っている二人の後ろ姿が見て取れた。

これではリーバー班長達じゃなくても中に入る事を躊躇ってしまうだろう。
なんたって妹である私だって戸惑ってしまうのだから。

けれど何時までもこの手に大量の資料を持っている訳にも行かず、
どうしたものかと数秒程悩んだ後で扉の時同様静かに部屋の中へと脚を踏み入れていった。


「――」

暖かく、そして慈しむような優しい歌声。

イヴの声は同性である私も聞き惚れてしまう程に綺麗で、歌声となるとそれが一段と上がる。

私も幼い頃はよく歌って貰っていて、私に取っては本当に子守唄代わりだった。
最近では殆んど兄さん専用だけれど。

大人なのに子守唄っていうのもどうなのかしら、とクスリと笑みを零してしまった、その時。
足元に転がっていたものを蹴飛ばしてしまったらしくて、カタリ。と音が鳴ってしまった。


「――リナリー?」


本当に些細な音だったのだけど、音に敏感な彼女がそれを聞き逃す事はなく。
肩に寄りかかって眠っている兄さんを起さないようにそっと首を動かしては私の名前を呼ぶ。


「ごめんなさい、邪魔するつもりはなかったのだけど」

「ううん、大丈夫。よく眠ってるから」


ふわりと笑みを浮かべるイヴの肩で眠っている兄さんは確かに気持ち良さそうに寝息を立てていて、まるで子供のような寝顔に再び笑みが零れる。

大抵うつ伏せか顔を隠して眠っている為に、兄さんの寝顔は妹である私ですら珍しいもので。
きっと兄さんがこんな表情をして眠るのはイヴの隣だけかもしれない。

それでなくとも数少ない休憩時間と合わさった仮眠時間を邪魔しては悪い気がして、
資料をデスクの上へと置いては部屋の扉へと向おうと身体を反転させる…けれど。


「リナリーもおいで」


ポンポン。と
コムイ兄さんとは反対のソファを軽く叩いてはニコリと笑みを浮かべるイヴ。

お邪魔しちゃ悪いからと首を横に振るけれど、イヴが意見を曲げてくれる事はなくて。
…それに実を言うと私も久しぶりにイヴの歌声を聞きたかったので
、つい導かれるように隣へと座ってしまった


「リナリーも最近よく眠れてないんでしょ?」

「そんな事は…」


ない。と言おうとしては突然肩に人の力を感じ、ぽすっと身体を横に倒されていた。

一瞬何が起こったのか分からなかったけれど、頭から伝わってくる柔らかい感触と見上げる位置にいるイヴを見ては自分が膝枕している事実に気がつく。


「イヴ?」

「眠っていいよ」


そう柔らかかく微笑むイヴは昔と何一つ変っていなくて、
幼い頃によくこうして膝枕をしてもらった記憶が脳裏を横切っていく。


「――」


昔もよくこうして子守唄を歌いながら頭を撫でてくれていたんだっけ…。

そう思いながらゆっくりと瞳を閉じれば、
何時の間にか私の意識は記憶という夢の中へと沈んでいっていた。











「眠った?」

「うん」


リナリーが優しい夢へと陥ってから数分後。

まるで見計らったかのようにイヴへと声をかけたのは彼女の肩で眠っていた男で、
パチリと瞳を開くものの、イヴの肩から身体をどけようとはしなかった。


「やっぱり疲れてたのかな、直ぐに眠っちゃった」

「そう。最近色々あったからね」


仲間の事、アクマの事、ノア事…正直不幸続きだ。

それでなくても心優しい妹が人一倍苦しんでいるのを知っていながらも、
自分ではどうする事もできないもどかしさに苦笑いを浮かべる。


「またそんな顔して。コムイは自分を責めすぎ」

「そんな事ないよ。
僕は君やリナリーみたいな力をもっていないから、コレくらいで丁度いいんだ」

「全然よくない」


ぴしゃりと言葉を一網打尽にされては思わずキョトンとした表情を浮かべる。


「ここで問題、この教団で一番のシスコンは?」

「んーと…僕?」

「ぴんぽーん。では一番問題をかけているのは?」

「んー…多分、僕」

「正解、自覚があるなら少しは自重なさい。…ではこの教団のいちおートップは?」

「いちおー、僕」


その通り。と小さく笑っては、
今だ肩に寄りかかっているコムイの頭にコツン。と自分の頭をくっつける。



「私達エクソシストの為にこの教団を変えてくれたのはコムイだし、
私達が任務から帰る場所を守ってくれてるのだってコムイ。
私達を世界を守る為に戦っているけれど、その私達を守ってくれているコムイ達がいるからこうして頑張れるんだよ。だからコムイ一人が全てを抱え込む必要はないの」


まるで子守唄を歌うかのように優しく告げるイヴに、
コムイは一瞬瞳を見開いたかと思えばすぐにフッと笑みを浮かべる。


「本当に、君は何時も僕を救ってくるね」

「だって彼女ですから」

「ふふ、じゃあ次は僕からの問題。僕が一番好きなのは誰でしょう?」

「んー、恐らくリナリーだろうけど。ここはあえて欲張って、私」


その答えに漸く肩にいた男が身を動かしたかと思えば、
膝の上で眠っている妹を起さないようにそっと恋人の顔に自分の顔を近づけた。


「 大正解 」



り た い も の )


「室長いいぁ…俺も彼女欲しい」

「諦めろ、俺達は仕事が恋人だ」

 
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