その後に行くのは、決まって彼女の部屋だった。
白い部屋へと繋がる白い扉。治療室と書かれたそこは、正確に言えば彼女の部屋ではない。でも、もう長い間独占してるから、彼女の部屋。
その前で呼吸を整える。体の為ではなく、心の為。絶望に打ちひしがれない為に。
『イヴッ!』
数ヶ月前の出来事が脳裏を横切る。路地裏に居た仲間。傷を負っていた友人。息をしていなかった、俺の恋人。
頭が真っ白になった。指先が震えて、呼吸すらできなくなって。ただ必死に呼びかけた。
死ぬな、と。
死へと逃げるな、と。
何度も何度も。
『――ラビ』
その後は今と同じだった。今と同じ場所に立って、今と同じように、ただジッと扉を見つめていた。
彼女は、奇跡的に一命を取り留めた。俺の声が聞こえたんだって、喜んだ。でも、数ヶ月立った今も、彼女は眠り続けている。
『イヴを信じて待つんだ』
コムイの言葉が耳から離れない。
身体は回復した。後は心が帰ってくるだけだ。イヴを信じろ。
――信じてるさ。
イヴの事は俺が一番知っている。イヴの強さを誰よりも信じてる。
――でも、時々、不安になるんだ。
もしかしたら、イヴは目覚めたくないんじゃないか。この辛い現実に戻りたくないんじゃないか。このまま安らかに眠らせて欲しいんじゃないか。
――もしそうだとしたら、俺は、どうしたらいい?
願いを叶えてやるべきなのだろうか。それが恋人の役目なんじゃないだろうか。楽にしてやるのが優しさなんじゃないだろうか。
そう考えたら、ゾクリと、体が震えた。
――違う。思い出せ。
イヴはそんな女じゃない。確かに泣き虫で弱虫で、物凄く怖がりだけど、それでも必死に前に進もうとしている。必死に生きようともがいて来たんだ。
「うっし!」
頬を叩く音が廊下へと響く。
今こうしている間も、イヴは自分の心と戦ってるんだ。生きようと必死にもがいてるんだ。俺が逃げ出したら誰がイヴを支える。
「イヴ、ただいまさー!」
俺は逃げない。
イヴの為に、自分の為に。
(頼むから逃げないでってそんな風に泣かないで)
精一杯の笑顔で
精一杯の声で扉を開けた
するとそこには
「ラビ」
俺を見て微笑むイヴの姿があった。