その日。
街を歩いていたら、ふと背後から声をかけられた。
酷く懐かしいと思える声に振り返ると、
そこには確かに予想していた声の持ち主の姿があって。
「――イヴ」
視界に捉えたのと同時に口から零れた小さな声は、心なしか震えていたような気がした。
「こんな街中で会うなんて珍しいね」
「…ああ、そうだな」
声に出したのは偽りの言葉。
(街中でなくても会わないくせに…)
心の中で呟いたのは本音。
できるなら本音をそのまま言ってやりたかったけど、偽りの言葉の方が先に口を伝っていた。
「最後に会ったの、何時だったっけ」
「確か…1ヶ月くらい前?」
1ヶ月…?
俺には軽く1年以上がたった気がするのに、まだ1ヶ月しか立っていないのか。
「元気にしてた?」
「まぁ、ぼちぼち。…イヴは?」
「私もぼちぼち」
クスクスと笑いながら背中で腕を組むイヴは最後に見た時と何所か…
何かが違っているように見えた。
(…ああ、日差しの下、だからかな)
何時もイヴと会うのは周りが静まりかえり、太陽さえ沈んだ時間で。
まさに今とは正反対の時間、だからなのかもしれない。
なんとなく――暗闇よりも日差しの下にいる姿の方が似合っているような気がして。
笑顔を浮かべているその姿を見ていられなくて。
視線を逸らしたのと同時に、小さく手を握り締めていた。
「ティキ?どうし「なぁ」
そんな俺に気がついたのかイヴが声をかけてくるけど、
全てを言い終わる前に先に言葉をかける。
「どうして、俺の前から消えたんだ?」
ずっと、気になってた。
ずっと答えを聞きたかった。
あの日――イヴと最後に会って、最後に抱いた日。
俺が目を覚ました時には既にイヴの姿はなくて。
それから何度も連絡を取ろうとしたけど、誰もイヴの場所を知らなくて。
誰も教えてはくれなくて。
「なぁ・・・あの言葉、聞いてたんだろ?」
眠る前につい口から零れた一言を聞いて、俺の前から居なくなったんだと。
その言葉を聞いた事で、俺から離れたんだと思いたかった。
嫌われたとか、捨てられたとか思いたくなかったから。
「潮時かもしれないって言葉、お前に言ったんじゃねぇから」
「――え?」
絞りだすかのよう声をあげれば驚いたような声が聞こえてきて。
漸く、逸らしていた顔をイヴへと戻す事ができる。
「あれ、俺の【彼女】に対しての言葉、だから」
「彼女・・・って、恋人の?」
「正確に言えば【元】だけど」
イヴが俺の事を少なからず意識するようになったのと同じように、
俺だってイヴの事をただの体を重ねるだけの相手だとは思えなくなっていて。
こんな関係のままじゃ、何時か本当に捨てられてしまうんじゃないかって不安になって。
目覚めた後で真っ先に向かったのは彼女の所。
そして眠る前に呟いた言葉も彼女に対しての言葉だった。
勿論お嬢様は素直にうん。と言う事はなく、頬に盛大な一発を食らったけど。
それでも――その後のイヴに会えない日々に比べたら全然対した事のない痛み。
「だからさ」
驚いているような、呆けているような表情を浮かべているイヴにそっと腕を伸ばして、
一ヶ月ぶりに触れたその小さな体を腕の中へと閉じ込める。
太陽の下にいるイヴは何所か違って見えるけど、
抱きしめたその体は間違いなくイヴのもので。
「もう、一人にしないでくれよ」
抱き寄せる腕の強さ(とは裏腹)に
口を伝う声は(微かに、でも確かに)震えていた
「お前が居なくなって、気が狂うかと思った」
口を伝う声は(微かに、でも確かに)震えていた
「お前が居なくなって、気が狂うかと思った」