「イヴ」
「ん・・・」
振り返ろうとするイヴよりも速く腕を伸ばしては、その小さな体を抱き寄せて唇を重ねる。
一瞬ビクリと体が震えたようだったけど、それでも直ぐに俺の首へと腕が回されて。
入ったばかりの部屋の中に響くのは互いの唇と舌を絡ませる音だけ。
「まっ、て・・・シャワー、浴びたい…」
「どうせ汗かくんだし後でいいじゃん」
唇だけでは物足りなくなって首筋へと顔を埋めるも、
言葉と同時に押しのけられてしまっては薄っすらと表情を変える。
まだベッドにもたどり着いていない。
…というか、すぐ背後には扉があるような場所だけど。
移動するのもまどろっこしくて、
「でも」 と言葉を繋げるイヴの胸元を強引に肌蹴させる。
「ちょ…っ、破かないでよ!」
「脱がせにくい服を着てきた方が悪いんだろ?」
俺と会う時がどんな時かを知っている癖に。
そう耳元で囁いてやれば、小さな甘声と共に再び体が震えていて。
喉を鳴らしながらもたった今破いたばかりの胸元を更に音を立てて破いていく。
「だから破かないでって…!あーもう、着替え持って来てないのに!」
「後で買って来てやるよ」
不機嫌そうな声をあげるイヴとは逆に、俺からは楽しいと言わんばかりの声が零れる。
実際服なんかそう何着も破ける訳でもないから、ここぞとばかりに楽しんでるけど。
「買うって言ってもどーせ千年公のお金でしょ…」
「当然」
俺がそんな金持ってる訳ねーじゃん(自分で言ってなんか空しいけど)
勿論俺が無職の流れ者って言う事もあるけど、一番の原因は恐らく【恋人】のせい。
「昨日なんて宝石が欲しいとか言い出して大変だったんだぜ?」
そんなもん買える訳ねーだろって言った所で、裕福なお嬢様は諦めてくれず。
結局、何時か宝石がついた指輪を買ってくれるなら――という事でなんとか諦めてくれた。
「ほんとわがままな恋人を持つと大変――」
だよな。
と、言葉をつなげようとするも、突然イヴの両手が俺の頬へと触れたかと思えば。
俺の顔が引き寄せられたのか、或いはイヴが身を乗り出したのか。
まるで言葉を遮るかのように唇を塞がれていた。
「お喋りするだけでいいなら服を破く必要無かったんじゃない?」
唇が離れたと同時に向けられた視線は感情を押し殺しているかのように冷たくて、
イヴとは反対にクスリと俺の口から笑みが零れる。
「そうだな。破いた服が戻る訳でもねぇし、【元】は取らないと、な」
言葉と共に今度は胸元へと顔を埋めるも、先程のように押し返される事はなかった。
――俺とイヴは同じノア(家族)でこそあって、恋人とかいうものではない。
何せ俺には別の恋人がいるし、イヴだって俺ではない恋人がいるから。
それでも時々体を重ねるのはただの気まぐれで、ただの遊び。
恋人にも家族にすら内緒の【大人の遊び】で、
いつか自然に消えてなくなっているような関係だと。
最初は――お互いにそう思ってた。
でも時が立つ程に離れていく筈の関係が、
日を増す事に逆に深まっていっているような気がするのは、俺だけなんだろうか。
家族にも内緒って事でイヴと会うのは大抵外だけど、その機会すら多くなって。
何時からか、俺が恋人の話するとイヴが嫌がるように言葉を遮るようになっていて。
何時からか、イヴの口から零れる名前が恋人ではなく俺になっていた。
「…潮時かもな」
煙草を口から離したと同時に、小さく言葉が零れる。
隣のベッドの上にはイヴがいるけど、眠っている事で言葉が返ってくる事もなく。
俺としても独り言のつもりだったので返答を期待してた訳でもない。
「こういうのもスリルがあって面白かったけど」
言葉なのか、溜息なのか分からない声を上げては、
背中を向けているイヴの長い髪を一房握る。
「そろそろ、終わりにしないとな」
幻想に溺れて(いたかった)
でも、それじゃ(ダメだから)
ふと手元の傍に散らばるようにして広がっている長い髪に気がついて、
つい【彼女】とは違う薄い色素のソレを指に絡ませる。
けどソレは、持ち主と同じようにスルリと俺の指から離れていってしまって。
何故か――小さく胸が痛んだ気がした。
(幻想に溺れて)