僕は姉さんが大好きだ。
優しくて、暖かくて、心の強い人。
幼い頃からずっと傍に居てくれて、何時も僕の事を優先して考えてくれる女性。
ずっと大好きな、僕だけの大切な姉。
僕が守るべき、唯一人の人。
だから――。


「さっさと別れてください」

「直球すぎんぜ、少年」


できるだけの笑みを浮かべてお願いするものの、目の前の男……ティキ=ミックはただ呆れているだけだった。
人が下げたくもない頭を下げてお願いしているんですから、普通は承諾するものでしょう。
これだから空気が読めない奴は。チッ。


「オイ、本音でてんぞ」

「幻聴です。病院行った方がいいんじゃないですか? あ、歳だからもう手遅れですね」

「くっろ!」


つか、そんな歳じゃねぇし! と、目の前のモジャモジャ天パ眼鏡が弁解するけど、僕らから見れば十分ご老体です。なんたって僕よりも十、イヴ姉さんよりも七歳も上ですし。


「大体、教師の癖に生徒に手を出すなんて最低ですね。生きる価値もない。今すぐ死ね」

「そこまで言うか。別に生徒は生徒でも"元"だから問題ねぇだろ」

「卒業まで後一ヶ月あるので"現"ですし、在校中から既に付き合っていた時点で大問題ですよ。PTAに訴えれば確実に教免剥奪できますね。ちょっと言ってきましょうか」

「まてまてまて、そんなに俺が憎いか」

「イヴ姉さんと別れるならどうでもいいんですけど、別れないなら殺したいほど憎いです」

「幾らなんでもシスコン過ぎんだろ」


そう呆れる先生だけど、そんなの他人に言われなくなったって重々承知してる。
でも、両親を早くに無くした僕にはイヴ姉さんしかいないんだ。

幼い頃から親戚中を盥回しにされて、最終的に落ち着いたのは施設。
そこでの生活は、まさに"地獄"だった。
人間を人間と扱っていない、子供をまるで商品のように扱う場所。
僕は勿論、イヴ姉さんだって其処を嫌い、其処から逃げ出したい程だったと思う。
でも、姉さんは逃げなかった。何度かイヴ姉さんだけなら貰い手があったけれど、決して僕を置いていなかった。何時も僕の傍で守ってくれたんだ。


「だから、今度は僕が姉さんを守るって決めたんです。貴方みたいなぐーだらで能天気で甲斐性なしの根性無しから」

「それが担任に言う台詞か? というか、俺が保護者から聞いた話と違ってるんだけど。義父っていうのは聞いたけど、施設も親戚も盥回しにはされてねぇだろ」

「僕がイヴ姉さんをどれだけ思っているか、分かりやすいように説明しただけです」

「今の語り全部作り話か」

「イヴ姉さんへの思いは全部事実です」

「うん、お前アレだわ。シスコン通りこしてヤンデレって奴」


なんですか、そのヤンデレって。
僕はただ幼い頃イヴ姉さんに怪我を負わせてしまって、それ以来姉さんを守るって誓っているだけです。ついでにイヴ姉さんを愛していて、誰にも渡したくないだけです。


「それがヤンデレッつーんだよ。大体、前半のはまた作り話だろ」

「知らないって事はまだ体の関係はない、と。――良かった。こんな不潔で病原菌の塊のような人に触られる前で。まぁ幾らゲテモノでけだものなティキ先生とは言え、そこら辺のマナーはちゃんと守ってるようで安心しました」

「先生、そろそろ怒るよ?」

「これくらいで怒るなんて器の小さい人ですね」


――やっぱりイヴ姉さんには相応しくない。

そう言葉を繋げようとした所で、不意に教室の扉が開いた。
いや、教室と言うよりも小部屋と言った方が正しいだろうか。こじんまりとした小さな空間。
生活指導室と書かれた部屋で、僕は最低男……もといティキ先生と話し合っていると。


「ごめん、アレン。おまたせ」

「イヴ姉さん」


少しだけ息を弾ませて現れたのは、今の今まで話題になっていたイヴ姉さん。
多分、僕を待たせていると思って走ってきたんだろう。そんな急がなくてもいいのに。
でも、僕の為に急いで来てくれた事が嬉しい。薄らと頬が赤くなっていて凄く可愛い。


「あ、ティキ先生もいたんだ。もしかして二人でお話中だった?」

「や、まぁ」

「丁度今終わった所です。進路についてちょっと相談に乗って貰ってたんですよ」


外で待ってようか? と、気を利かせて扉を締めようとする姉さんに、先生よりも先に言葉をかける。僕の平然とした"でまかせ"に驚いているようだけど、別に嘘を言ったつもりはない。
だって現に"イヴ姉さんの進路"を話し合っていたのだから。


「それじゃあ帰りましょう。相談に乗って下さってありがとうございました」

「有難うございます、ティキ先生」


椅子から立ち上がりながら告げれば、ドア付近にいたイヴ姉さんもペコリと頭を下げる。
こんな奴に頭を下げる必要は無い……とは思うけど、それも僕を思っての事だから嬉しい。
嬉しすぎて何時ものようにイヴ姉さんの手を握って、部屋の外へと出て行く。――と。


「イヴ」

「? は――ッ!?」


背後から姉さんを呼ぶ声が聞こえたかと思えば、突然、背後にいた姉さんの体が止まった。
姉さんが止まるという事は、手を繋いでいた僕も必然的に止まってしまう訳で。
何が起こったのかと背後へと視線を向ける――と、思わず、背後の光景に硬直してしまった。


「気をつけて帰れよ」

「――なっ……な、なななっ!」


重なっていた唇が離れるや否や、不敵な笑みを浮かべるティキ先生と、顔を真っ赤に染めて慌てるイヴ姉さん。
唇を抑えて慌てる姿も可愛いけれど、今の僕には何が起こったのか理解する事はできなくて。


「また明日な」


そう告げる先生の瞳は、言うなれば宣戦布告。
いや、最初に布告したのは僕だから、"受けて立つ"と言った所か。

どうやら僕は彼を見くびっていたようだ。
面と向かって忠告し、今の地位を脅かす事を言えば諦めるかと思ったけれど。
イヴ姉さんが本気のように、先生もまたイヴ姉さんの事を本気なのだろう。
悔しいけど、僕にもその気持ちは凄くよく分かるし、素直に認めてあげようと思う。
でも――。


「イヴ姉さんは渡しませんから」


優しくて暖かくて心の強い、僕の大好きな自慢の姉さん。
幼い頃本当に傷を負わせてしまって以来、僕はイヴ姉さんを守ると誓った。
誰からも、何からも。


あの日、僕はキミに忠誠を誓った。
(御題:キミの幸せだけを願ってる)

 
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