――見て、しまった。


何だか色々と誤解されそうな言葉だけど、別にやましい意味は含まれて居ない。
うん、別に見たくて見た訳ではないし、俺は何も悪くは無い筈だ。
何も悪くはない――が、その分ショックはあった。……あれ、何言ってんだろ、俺。
どうやら自分でも思っている以上にショックを受け、混乱しているらしい。
でもまぁ、それも無理はないと思う。寧ろ冷静で居られる方がどうかしてるんだ、うん。
と、いう事で――。


「お兄ちゃんは絶っっ対に、お付き合いなんて許さないさーーーっ!!」

「「うわ、うざ」」


ビシッ! と、抱き合っていた二人へと、指を差して大声を上げる。自分でも驚く程の大きさだ。だと言うのに、当人達はあくまで冷静且冷淡に暴言という言葉を返してくきた。
あれ、なんか視界が霞んんでる。泣いていい? ちょっと泣いていいかな?


「そこがウザイっていうんだよ、お兄ちゃん」

「そうですよ。邪魔なんで、泣くなら他所行って下さい、お義兄さん」

「何この毒舌二人組み。つかさり気なく"お義兄さん"なんて呼ぶなさ!!」


呼ばれる筋合いは無いさねッ! と、声を荒げつつ前にいる二人へと。いや、白髪の青年事アレンへと目つきを鋭くさせる。
何ちゃっかり"俺の"イヴの手を握ってるんさ!
しかも何気にイヴも握り返してるし、腹黒が移るから離れなさい!


「やだなぁ。僕の何処が腹黒だっていうんです?」


なんて言葉を告げるアレンは、まさにニッコリ。喜色満面とはこの事をいうんだろう。
あまりにも笑みが深すぎて、思わず背筋に寒気すら感じてしまった。


「でも私、アレンの腹黒なら移っても……」

「イヴ……」


ちょ、なにこの雰囲気。何で甘い雰囲気が漂ってるん?
今の何処らへんに甘い要素が含まれてたんだよ。
つーか、今さり気なくイヴもアレンの腹黒を認めてたよな?
やっぱ、イヴもアレンを腹黒って……あー、チクショウ、ツッコミが追いつかねェ。


「ともかくっ、人の妹に手ェ出すんじゃねぇさ!」


ゴホン。と軽く咳払いを落としては、イヴの肩を掴んで引き剥がす。
その際アレンから身が竦む程のいい笑顔……もとい睨みを貰ったものの、イヴを守る為にもと跳ね除けては、彼女の手を掴んだまま廊下へと脚を進める。
イヴは離れがたいのか中々前に進まなかったけど、所詮は男と女。
力ずくでイヴの腕を引っ張り、とりあえず俺の自室へと向かっていった。



† † †



「さぁ、洗いざらい話してもらうさ!」


元々個室前の廊下だった事もあり、自室に辿り着くまでそう時間は掛からなかった。
しかも部屋は蛻(もぬ)けの殻。恐らくジジイは書庫で本でも漁っているんだろう。
その隙にとイヴを中へと押し込んでは、バンッと、正座させた床を叩きつける。
……まぁ、床の上には新聞やら本散乱していて、叩いた所であまり迫力は無かったけど。


「アレンとは何時から付き合ってるんさ!」

「そうだなぁ。そろそろ二ヶ月って所かな」

「二ヶ月……だと……!?」


悪びれた様子もなく返答するイヴに、同じように床上で正座しながらも、グラリと世界が回るかのような眩暈を感じる。

二ヶ月。その時間は決して短くはない。
普通の健全たる青少年少女であれば、手を繋ぐ事は勿論、あんな事やこんな事。
更に、そんな事やどんな事だって十分に可能な時間ではないか。
付き合いが長いだけでなく、気づけなかった事に対してもガックリと首が項垂れてしまう。


「うぅ……俺にだけは隠し事一つしない子だったのに……!」


実兄の俺が言うのもなんだけど、幼い頃の――いや、アレンと出会う前のイヴは、それはそれは純粋で可愛い子だった。特に俺には隠し事は勿論、何をするにもチョコチョコと後ろをついてきていて、何時も「にーたん」「にーたん」って……!


「それがどうして……どぉしてこうなっちまったんさぁあああっ!!」

「ラビ、ウザイ」


床に顔を押し付けて泣き喚く俺に対し、冷酷且無慈悲な言葉を容赦なくぶつけるイヴ。
心なしか、"思春期の娘が父親を汚らわしい"と思って見ているかのような視線だ。
くっ……これもそれも全部アレンが悪いんさ。
きっとアレンの腹黒が、純粋で無垢だった俺のイヴにまで伝染したに違いない!


「……あのね、ラビ」


一人ぶつぶつと言葉を紡ぐ俺を前に、イヴから盛大な溜息が零れ落ちていく。
軽蔑したかと思えば、今度は呆れているのだろう。そんなににーちゃんが嫌いか!?


「それはこっちの台詞。ラビはアレンの事嫌いなの?」

「……別に嫌いじゃねぇけどさ」


グスッとしゃくり上げながらも言葉を告げれば、少しだけイヴの表情が変わった。
確かにアレンは歳も近く、仲間と言うよりも友人と言えるべき一人だ。
ましてどんな苦難の中でも、過酷な道でも、決して諦めない強い心は尊敬にも値するし。
仲間思いの一面も、素直に好感が持てる。


「だったら……」

「でも、それとこれとは話が別なんよ」


イヴは恐らく、「自分達の中を認めて欲しい」と、言おうとしたのだろう。
だがソレを遮っては、暫し言葉を途切らせる。
言葉が出てこないのではなく、どう言えばイヴを傷つけないで済むか、と考えていた。

……いや、本当は自分が傷つきたくなかったのかもしれない。
イヴを失ってしまうのではないかと言う恐怖に。
半身を失ってしまう不安に、素直に認める事ができなかったんだ。


「……俺も、コムイの事言えないさね」

「本当にね」


先程のイヴのように深い深い溜息と言葉を零せば、漸くイヴの顔に笑みが浮かぶ。
苦笑ではあったけど、それでも笑ってくれた事が嬉しい。
どうやら、俺も相当シスコンのようだ。あまり認めたくはないけど。


「――で。話、終わりました?」

『うぉあっ!?』


何だかんだで落ち着きかけ、収拾が見え始めていた所で、突然第三者の声が響いた。
あまりにも唐突だったからか、狙った訳でもないのに声が揃っちまったさ!


「あ、アレン! 何時の間に!?」

「ちょっと心配になって様子を見に来たんです。お腹も空いたし」

「腹減りと様子を見に来た関連性が分からないんさけど」


寧ろ鍵掛けてたのに、どうやって部屋ん中入ったんだお前。――と、問い掛けようとしたものの、アレンの顔は未だに深い喜色を見せている。
何だか恐ろし……もとい、聞いてはいけないような気がして、結局それ以上は尋ねかった。


「じゃ、この話はここまでという事で。食堂で何か食べましょう、イヴ」

「うん、いいよ。――ラビも行く?」

「へ?」


アレンの問いに素直に頷いたかと思えば、そのまま俺へと一瞥するイヴ。
あまりにも予想外な言葉に加え、二人に対して再び怒鳴り声を上げようとしていただけに、思わず唖然としてしまう。


「折角だし、一緒に行こうよ。お兄ちゃん」


目の前へと手を差し伸べられ、久しぶりとも言える単語に思考が停止する。
嫌だった訳ではない。寧ろ、久しぶり過ぎて直ぐに理解する事ができなかったんだ。
どう反応していいのか、どう返答していいのかも分からなくて、やっぱり情けない表情しか浮かべる事ができなかった俺に。


「イヴも結構、ブラコンなんですよ」


そう、アレンが、苦笑を浮かべながら告げていた。


ブラコンシンドローム
(お題:何時しか隠しごとが増えて)

 
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