一年で最も夜が長い日は何時か。

恐らく、直ぐに思いつくのは冬。更に冬至を思い浮かべるだろう。
確かに『日没から夜明けまでの時間』では、冬至が一番長いと言われている。……が、日没が早いからと言って、起きている時間が長い訳ではない筈。
ただの屁理屈にしか聞こえないかもしれないが、冬至だからと言って『夜更かし』できる訳ではない。

――と、すると、最も『長い夜』というのは何時の事か?

大人も子供も、夜遅くまで起きている事を許されるであろう日。
人によって様々ではあるが、それでも、多くの人はこう答えるだろう。
一年の終り。新年へと切り替わる瞬間を待つ――『大晦日』だと。
そして、それはここノアも例外ではなかった。







「そっちいたぁ〜?」

「何所にも居ない、ヒヒ!」


バタバタと荒々しい足音が廊下へと響く。
窓の外は暗闇という静寂に包まれているというのに、壁一枚隔てた屋敷内は騒然としていた。


「クソ、あのホームレスッ。何所に隠れやがった!」


中でも一番騒がしいのは、ご存知ノアの子供達……ロードとジャスデビの三人である。
最も、元を正せば苛立だしそうに名前を呼ばれた男に原因があるのだが。


「出入り口は塞いだから、まだこの屋敷にいる筈だよぉ」

「はぁ? アイツにとってみりゃ、玄関なんて関係ねぇだろ」


何せ探し人であるティキには、『万物の選択』物をすり抜ける能力がある。
出入り口を塞いだ所で、それこそ壁や屋根をすり抜けて脱出してしまうだろう。


「ティッキーはねぇ。でもイヴは、扉か窓を使わないと出れないでしょ〜」

「あ」

「ヒヒッ、確かに!」


ニヤリと笑みを深めるロードに、納得と言うかのような表情を浮かべるジャスデビ。
恐らく、直ぐに出入り口を塞いだ事で外には出ていないはず。
となれば、ロードの言う通り、まだこの屋敷の何所かに隠れているに違いない。


「「ぜっっってぇ、見つけてやる!!」」


捜索範囲が絞れた事でやる気が出てきたのか、ジャスデビは声を合わせては、再び荒々しく廊下を走っていく。
普段なら長である男から文句でも飛んで来そうな騒々しさだが、幸か不幸か長は外出中。
ストッパーが居ない為に、思う存分暴れられるという訳だ。
そんな二人を背後に、ロードもまた数秒と立たずして反対の廊下へと歩き始める。
足取りこそ軽く飄々としていたが、真っ先に逃げ場を遮断させる等、双子よりも動きに無駄がない。
間違いなく一番の要注意人物だろう。

何はともあれ、子供達三人が動き出した事で、漸く廊下にも静寂が訪れる。
誰かの足音は勿論。話し声や息遣いさえ聞こえなくなった事で、さび付いた音と共に廊下の小さな納戸の扉が開いた。


「ふぅ。なんとか凌いだな」


音を立てて数秒後。
辺りを警戒しながら顔を覗かせたのは、子供達が探し回っているティキその人だった。


「ったく、うるせぇ奴等」


誰の姿も影もない事を確認した事でティキの口から大きな溜息が零れる。
折角の大晦日だと言うのに、何故逃げ回らなければならないのか。……なんて、考えるまでもないが。


「むーぐー!」

「あ。ワリィワリィ」

「ぷはっ! し、死ぬかと思ったっ」


腕の中からくぐもった声が聞こえてきた事で、抱きしめるように回していた腕を離す。
口を抑えていた手が離れた事で盛大に深呼吸をしていたのは、事の元凶……もとい拉致被害者であるイヴだった。

訳も分からずに拉致されたかと思えば、口を塞がれて狭い場所へと押し込まれていたらしい。
それこそイヴの方が『折角の大晦日なのに……!』と思わずには居られなかったようだ。


「やー。抱き心地良すぎてすっかり忘れてたわ」

「その『すっかり』のせいで死ぬ所だったんですけど! 大体何で皆から隠れるの!?」


余程息苦しかったのか、薄らと瞳を潤ませながら睨みつけるイヴ。
最も、ティキに効果が無ければ、悪びれた様子すらなく。


「あたり前だろ。今日は大晦日なんだし」

「はぁ?」

「クリスマスはガキ共に散々邪魔されたからな。今日明日は、とことん独占してやる」


ケラケラと笑いつつも、さも当然と言わんばかりに告げられる。
一体どんな理由だ、と話が読めずに首を傾げていたイヴだが、続けて告げられた言葉により、途端に頬へと熱が篭っていく。
恐らく、恋人達の祭典とも言える『クリスマス』を邪魔され、二人きりになれない所か子供達にべったりだった事を根に持っているのだろう。

――クリスマスを譲ったのだから、大晦日と元日は独占させろ。

というのが、ティキの言い分であり。
また、イヴを拉致して逃げ回っている理由でもあるらしい。
つまりは、子供さながらの嫉妬心と独占欲なのだ。
愛されてると喜ぶべきなのか、それとも溜息を落すべきなのか。


「ん、なに顔赤くしてんの? もしかしてやらしー事期待してた?」

「は、はぁ!?」


少々判断に苦しむイヴだが、その顔には明確な程の赤みが指していた。
ともなれば、途端にティキの顔の笑みが深まる。言うなれば、子供が"からかう"ような顔。
それでいて妙な大人の色気を出しているのだから、ある意味子供より性質が悪い。
司っている記憶が"快楽"というだけに、尚性質が悪い。……気がする。


「ま、折角の終りと始まりなんだし。俺としては、二人でゆっくり過ごせたらそれでいいんだけど」


言葉と共にイヴの頬に掛かっていた髪の一房へと触れては、「しなくてもさ」と、口付けながら言葉を付け足す。
あの絶r……もとい、年中発情期の一人であるティキからそんな台詞がでるとは。と、思わずキョトンと――いや、唖然というべきだろうか。
ともかく、咄嗟に反応できない程にイヴは驚いていた。


「……明日は台風かな。折角の新年なのに」

「オイオイ」


どうやら本気で心配しているらしく、窓の外へとイヴの視線が向けられる。
最も、ティキ自身"らしくない"とは分かっているので、その様子を苦笑にも似た笑みを浮かべて見つめていたが。


「でも、嬉しい」


そんなティキに気がついたのか、視線を戻したイヴの顔もまた笑顔へと変わる。
ただし、苦笑ではなく嬉しそうな。
少しの気恥ずかしさと、それ以上の歓喜が込められた笑顔。

"境"とも言える日に、自分と居たいと思ってくれる事は勿論。
身体の関係なく、傍に居てくれるだけで良いと言ってくれているのだ。
普通の女性なら、誰とて感動するだろう。
勿論、イヴとて例外ではない。


「たまには、二人でゆっくりするのもいいよね」


言葉と共に、少しだけ離れていた身体をそっと摺り寄せるイヴ。
そんな微笑みと行動を見せられてしまっては、当然ティキの"理性"等崩壊寸前である。
出来る事なら今告げた言葉を撤回したい。それこそ声を大にして取り消したい。
が、一度でも宣言してしまった手前、そう簡単に無かった事にはできないだろう。
理由は簡単、男の沽券に関わるのだ。簡単に言えば、掛けなしのプライドが邪魔をしていた。


「イヴ」


ティキは悩んだ。それこそ、自分の持てる知識をフル活動させる程に。
そして一つの答えを導きだしたのである。

――そう言ったムードへと持ち込み、先程の言葉をあやふやにしてしまおう。……と。

今この場に子供達がいたならば、それはそれは冷たい視線を向けられただろう。
それこそ沽券を落ちれる所まで暴落させ、"軽蔑"されていたに違いない。
が、幸か不幸かこの場に子供達の姿はなく、まして彼の煩n……もとい野望を止める術を持つものすらいないのだ。


「イヴ……」


今がチャンスと言うかのように、再度名前を呼んでは、少女の頬へと手を触れされる。
上を向かせた事で視線が交じり合っては、徐々に顔を近づけていくティキ。
その行動に、サッとイヴの頬へと赤みが指す。――が、どうやら抵抗する気はないらしい。
意外にもティキの思惑通りに事が運び、二つのシルエットが重なろうとした――その刹那。


「だぁああっ! 何所いきやがったっ、クソホームレス!!」

「イヴー! 美味しいお菓子あるから出てくるッヒー!」


突如、ジャスデビの大声が木霊した事で、ピタリと二人の行動が止まったのだった。
互いの距離まで後数センチと言った所か。まさかこんな所で"お預け"を食らうとは思っても見なかったものの、かと言ってこのまま見つかる訳にもいかない。


「やべっ」

「ちょ、まっ! また、k――むぐっ!?」


小さな声と共に、再び開きっぱなしだった納戸へと放り投げられるイヴ。
またここに隠れるのかと声を上げようとするも、やはり先程同様に口を塞がれ。
更に狭い場所である為に、抱きしめられるように身体を拘束される。

バタバタと駆け回る音を耳に入れながらも、イヴは一人、今日だけで何度思ったか分からない言葉を思い浮かべていた。


『なんで、折角の大晦日なのにこんな思いをしなくてはいけないんだ!』……と。


―― 一年に一度の長い夜、大晦日。
ノア内での逃走劇は、まだまだ始まったばかりである。


Noite longa

 
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