アジアでは元日からの数日間、"お餅"を食べる習慣がある。所謂お雑煮と御節だ。
なんでも御節料理には"げん担ぎ"。色々な食材に掛けられた意味があるらしい。
大晦日の夜の"年越し蕎麦"と良い、アジア人は余程長生きしたいようだ。

最も、その効果が出ているかどうかは定かではない。当たるも八卦、当たらぬも八卦……とは少々意味が異なるが、まぁ近からず遠からずと言った所だろう。


――と、言うことで。



「はい、召し上がれ♪」

『…………』


どん。と、テーブルの上に差し出された"御節"料理を前に、二種の反応が現れていた。
満面の笑みを浮かべているのは、調理者であるイヴと千年公。
逆にうんざり、と言うよりも"げっそり"としているのは、残りの家族達である。


「ボク、日本食ってあんまり好きじゃなぁい」

「なんか変なのばっかだよな。所謂"ゲテモノ"って奴?」

「ヒヒッ、ゲテモノゲテモノ」


目先に置かれた大量の和食を見ては、子供達から嫌悪とも取れる言葉が零れる。
……いや、嫌悪としか取れない。の方が正しいだろう。あからさま程に物凄く嫌がっている。


「好き嫌いはいけませんヨv 体にいいのですから、ちゃんと食べるようニv」

「「「えー!」」」


普段は比較的子供達に甘い千年公だが、「健康の為にも」と、今回ばかりは心を鬼にしているらしい。
最も、心よりも命令……もとい言葉。更に深い笑みの方がよっぽど"鬼"に近いが。


「なぁ、イヴ。他のもんねぇの?」

「年明けから既に五日、か」

「……朝昼晩、全て"御節"というのもどうなのかと」


子供達が千年公に"説得"されている隣では、大人達もまた当り障りのない言葉をイヴへとかける。
最初から嫌がっていた子供達とは違い、大人達は一応にも"大人らしく"受け入れていた。――のだが、それも三日までの事。
四日を過ぎた事で"抵抗"を見せ始め、五日目の今日では子供達同様に"拒絶反応"まで現れている。食事が全て"御節"なのだから、当然といえば当然だろう。
幾ら"御節"の種類が豊富とは言え、飽きる時は飽きるのだ。


「さっきも言ったけど、お正月は"御節"を食べる日なの。他の物はお正月が過ぎてからじゃないと」

「……その正月が過ぎるって、具体的には何時よ?」


まじかよ。と、苦痛にも似た表情を浮かべるティキの問いかけに、イヴから「んー」と悩むような声が零れていく。


「……この調子だと後二日って所かなぁ」

「この調子?」


ポツリとイヴから零れた言葉に、真っ先にルルの首が傾げられる。
お正月の終わりとは日付的な意味では無いのか。と、問い掛けるかのような瞳に気がついたのか、慌ててイヴの首が横へと振り動いていた。


「こ、言葉の綾だよっ、綾!」


数度勢いよく首を振ったかと思えば、「キッチンの様子でも見てこよ」っと、そそくさとダイニングから出て行くイヴ。
まるで逃げるように立ち去っていった姿に、「怪しい……」と一同の心が一つになったのはいうまでも無いだろう。
最も――ただ重なっただけであり。
最大権力者である千年公を前に、それ以上何か出来る訳でもなかったのだが。







何だかんだと文句を告げながらも、夕飯の五日連続の御節を平らげて早数時間。


「……よし」


スッと"壁"からキッチンへと侵入したのは、物をすり抜ける力を持つティキその人である。
時刻は既に真夜中過ぎ。ダイニングは勿論の事、キッチンにも人影はない。計画通りだ。


「"御節"ばっか食ってられっかっての」


ポツリと言葉を零しては、暗闇に包まれたキッチンの中を歩いていく。
本来あまり脚を踏み入れいない為に、道筋も勝手も分からない。――が、こういう時もまた、彼の"能力"は重宝するようだ。
物をすり抜けつつも目標の物、冷蔵庫へと辿り着く。


「さって。何があっかなぁ」


食材が入っているだろう冷蔵庫を前に、ティキの顔に小さな笑みが浮かぶ。
幾らお正月とは言え、五日間。いや、後二日も同じ食事が続くのは耐えられない。
幾らゲテモノ好き……もとい、味覚が少々変わっているティキとてそれは同じ事。
故に、こうして皆が寝静まった時間帯に"盗み食い"しにきたらしい。

――手癖が悪いのは、生まれつきってね。

そんな事を思いつつも冷蔵庫へと手を伸ばし、同じ背丈程の冷蔵庫の扉を開く。……と。


「――げっ! 何だコリャ!?」


中身を見た途端に、ティキから驚愕とも嫌悪とも取れる声が零れてしまった。
それと同時に、パチッと暗闇だったキッチンに明かりが灯る。


「オヤオヤv」

「見ちゃったんだね、ティキ……」


突然の光と、突然の二人の声。
一つは大らかな長のものであり、もう一つは愛しい恋人のものだった。
普段ならさして気にする事もない声だが、今回ばかりは一瞬にして背筋へと寒気が駆け巡る。
何故なら――この二人こそが、このキッチンの支配者……もとい管理者なのだ。


「まっ、まて! これには訳が――っつか、これは幾らなんでも作りすぎだろ!」


怒ると言うよりも哀れんでいるような二人を前に、ビシッと冷蔵庫を指差すティキ。
その中には所狭しと……いや、あふれ返り程の"御節"料理が仕舞われていた。
明らかに冷蔵庫の保存可能量をオーバーしている。


「やー、ちょっと張り切り過ぎちゃって。分量も良く分からなかったし」

「一年に一度のイベントですからネv」

「ちょっとか? この量は"ちょっと"に分類されるのか?」


さも「お鍋焦がしちゃった☆」的な軽い口調で告げるイヴと千年公に対し、「ありえねぇだろ!」とティキが一人声を大にして否定する。
普通一般からしても、大型冷蔵庫から溢れかえる程の量は"ちょっと"ではない。……まぁ、痩せの大食いであるイヴは例外なのかもしれないが。

――いや、ここは逆に考えるべきか?
大食いであるイヴにとっても、"ちょっと多い"と思わせる程の量なのだと。


「はっ! まさか、ここん所ずっと"御節"だったのもコレを消化する為か!?」

「ギクッ」


ティキにしては珍しく鋭い見解に、思わずイヴの瞳が泳ぎ始める。
誰が見ても気まずいのか、或いは嘘を付いていると分かるだろう。
嘘がつけない……と言うより、付いた所で直ぐにばれてしまうタイプなのだ。


「ばっ、ばれたとあっちゃあ仕方ない! 千年公!」

「ウフフv 時には知らない方が幸せという事もあるのですヨ、ティキぽんv」

「ちょ、千年公。顔がマジで怖いっつーか、あくどいっつか……」


イヴの合図とも言える言葉を聞いては、千年公の笑顔という名のポーカーフェイスが一層深まる。
ましてそのまま状態で迫り寄ってくるのだがら、これ以上に恐ろしい物はない。
勿論、それは家族の一員であるティキも例外ではなく――。



「だ、だぁあああっ!! こっちくんなぁああッ!」

「のわぁっ!?」



恐怖に耐えかねたかのように、悲鳴とも取れる大声を上げるティキ。
それと同時に、何故か直ぐ真横からイヴの驚き声が聞こえてきた。


「ど、どどどどうしたの、ティキ!?」

「…………あれ?」


声を上げたと同時に体も飛び上がっていたらしく、その場へと座り込みながら何時の間にか真横にいたイヴへと視線を向ける。
ティキの隣でティキ以上に慌てているイヴ。
その服装は、先程までとは違う男物の服一枚のみ。
つまり、素肌の上にティキの上着を一枚だけ羽織っている状態なのだ。
別の意味で息を荒げてしまいそうだが、それよりも先に、彼女の周りの風景に首を傾げる。
今の今までキッチンに居たというのに、何故か視界に映っているのは自室の風景だった。
しかもベッドの上と来た。実に美味しい……いや、何処かおかしい。


「大丈夫? 怖い夢でもみた?」


顔を顰めつつもやや混乱しているティキの額を、そっとイヴの手が包み込む。
ふわりと優しい匂いと共に、柔らかな感覚が頬から伝わってきた。

――そうか、今のは夢だったのか。

頬を包み込むイヴの手へと自分の手を重ねては、ティキの口から深いため息が零れ落ちていく。
言われてみれば、先程の出来事は可笑しな事だらけだった。
幾ら何でも五日……いや、七日分の料理が、あの冷蔵庫に入るわけが無い。
何せノアは大家族なのだ。七日ともなると軽く冷蔵庫二つは必要になるだろう。
それに、食べても食べても満足感を得る事ができなかった。
てっきり日本食だからかと思ったが、"夢"が原因だったようだ。良かった、本当に良かった。


「はぁああ〜〜……スゲェ怖かった」

「わっ!」


深く深く安堵のため息を落としては、ポスッと恋人であるイヴの胸元へと顔を埋める。
突然のティキの行動にやはり驚きの声が零れていたが、今のイヴは所謂母親モード。
普段なら殴る蹴るの抵抗も、今回ばかりは見せる事なく。
逆に落ち着かせるかのように、優しい手つきで頭を撫でていた。


「なんだったら話してみる? 悪夢は人に話すと楽になるって言うし」

「ん、大丈夫」


直ぐ頭上から聞こえてくる言葉に、ティキの首が軽く横へと振られる。
それは「大丈夫」と言う意味なのか、それとも、ただ単に感触を堪能しているだけなのか。……恐らく後者だろう。


「あ、じゃあ子守唄でも歌ってあげようか。私、もう寝てる時間ないだろうし」

「何かあんの?」


自分よりも細い腰へと腕を回しては、少しだけ顔を上げてイヴへと問い掛ける。
自然と上目遣いになる瞳が、今のイヴには寂しそうに見えたようだ。恐るべし母親モード。
宥めるかのように軽く額へとキスを落としては、「うん」と言葉を繋げる。


「千年公の手伝いで お 雑 煮 の準備しなくちゃ」


ピシリ――と、ティキの体が硬直する。まるで石化の呪文を聞いてしまったかのようだった。
だが、因果応報とも言うべきか。
図らずとも母親モード全開にしてしまった事で、イヴがソレに気がつく事はなく。


「今日から新年でしょ。アジアには"御節"っていうお正月に食べる料理があるらしくて、ソレをいーーーーーっぱい作ったんだ。ちょっと味は薄いかもしれないけど、でもきっとティキも気に入ると思うよ」


ティキが硬直しているとは知らずに、ニッコリと無邪気に微笑むイヴ。

――今日は一月一日。
たった今みた物は初夢にして初悪夢であり。
また、正夢、なのかもしれない……。




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